BLACK StorM In THe blank
雷の鳴るような雲はなかった。
雨が降るような空ではなかった。
そして何より――雷と呼ぶには、その音は、あまりにも禍々しすぎた。
「何、が……?」
旧校舎の天井と壁が砕け散っている。上から何かが落ちてきたのだ。
ソレは泰伯の視界の先にいる。
大きさは人間と変わらないくらい。漆黒の肌、後ろで束ねられた長い蒼い髪。その目は血のように赤く、両手両足には、白銀の鉤爪のような装甲を纏っている――何か。
『チッ、なんだ? 座標を間違えたか? こんなところに楔の女がいるとは思えないがな』
ソレは男の声のようだった。泰伯に気が付かず独り言を呟いている。
(……なんだ、アレは? いやそれよりも――どうするべきだ? 気づかれないように逃げるか、息を潜めて隠れているか)
何一つ状況が呑み込めない中で、一つだけ確信していることがあった。
目の前のソレは、人間ではない。
非科学的、非現実的だとは思う。しかし、泰伯にとってはこれが自分の常識の範疇の出来事とは思えなかったのだ。
(とにかく、どうにかしてこの場を――)
そう考えている時に、泰伯は、つい一瞬前までは視線の先にいたはずのソレが消えていることに気づいた。
『よぉ餓鬼。ちょっと訊きたいことがあるんだがいいか?』
「――ッ!!」
ソレは、泰伯の背後にいた。
いつの間に、どうやって移動したのかまるでわからない。
「……さて、質問するのは構いませんが、果たして僕にわかるかどうか?」
『ああ何、そう構えなくていいぜ。難しいこと訊くつもりはねえよ。知ってりゃ幸甚だし、知らなくたってどうこうするつもりはねえよ』
四月の夜だというのに、異様に肌が冷える。全身から嫌な汗がじとじととあふれ出し、それらが体の怖気に触れて氷のように冷たくなっていく。
泰伯の後ろにいるソレは、ただ普通に会話しているだけだ。そして、言葉そのものは決して荒々しいわけでもない。むしろ気安さすら感じるくらいである。
にも関わらず、全く違う生き物のような何かが、同じ言語で普通に会話をしているというちぐはぐさが泰伯の心胆を凍えさせている。
「……ええと、貴方。お名前は?」
『フェイロンだ』
「なるほど、フェイロンさん、ですか。それで、フェイロンさんはこんな……通りすがりの学生Aみたいな僕に何をお聞きになりたいんですかね?」
震える喉を動かして、声が裏返りそうなのを必死にとどめて、普通に話すように努めている。そうしなければ、気が狂ってしまいそうなほどの重圧を泰伯は背後から感じていた。
『ミカゲシキっつう娘を知ってるか?』
「――――!!」