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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
198/384

honesty in the liar

 悌誉の戦いを観察していたらしい犾治郎(ぎんじろう)は拍手をしながら感心したような視線を悌誉に向ける。

 しかし悌誉にとっては小馬鹿にされているような、見下されているような不快感しかなかった。


「『火を以て攻を(たす)くる者は明なり。水を以て攻を佐くる者は強なり』。『()れ、地形は兵の助けなり』。まさに『孫子』の教えの如くや」


 『孫子』を引用して褒められる。それは悌誉にとって本来ならば最大の名誉である。しかし犾治郎の態度が、それを不愉快な言葉にしていた。


「この前のいけ好かない二年生だな、貴様」

「はい、名乗ったはずですけど覚えてもらえませんでしたか?」


 この前というのは、悌誉が転生鬼籙(てんせいきろく)を使って暗躍していた時のことである。犾治郎はその時に悌誉の計画を防ぐために動いており、悌誉と対峙していたのだ。


「……正雀(しょうじゃく)、だったか?」

「はい。正直者の正に、燕雀(えんじゃく)(じゃく)で正雀ですよ。南千里先輩」


 にこにこと、開いているのだか閉じているのか分からない目を和ませて犾治郎は言う。その態度に悌誉は舌打ちをした。


「私は、お前に名乗った覚えはないんだがな」

「先輩みたいな綺麗な人なら名前くらい知ってますよ。ボク、こう見えてべっぴんさんには目がないんですわ」


 軽薄な物言いだった。

 しかもそれがただ人間が薄っぺらいというのでなく、自らの思惑や狙いを隠すための張り付けられた軽薄さだと分かるのがいっそう悌誉を苛立たせる。


「その割には、私が苦戦していても傍観していたな。それとも、戦いで疲弊した隙を狙って首でも掻こうとしていたか?」

「まさか。ボクは生まれついての善人なんで、そういう卑怯なこととか小狡いことは思いつきすらしませんて」

「どの口が言うんだ?」

「手厳しいなぁ先輩は。それにそもそも、先輩と戦う理由なんかありませんしね。手ぇ出さんかったのは単に、一人でも勝てる相手にわざわざ助太刀するのは失礼や(おも)たからですよ。それとも、助力したほうが良かったですか?」


 そう聞き返されて悌誉は、それはそれで業腹だなと思う。要するに悌誉は、犾治郎と関わり合いになりたくないのだ。

 その理由は、犾治郎が胡散臭いというのはもちろんなのだが、他にもっと理由があるような気がしている。

 少なくとも悌誉にとって思いつく理由は一つだ。


「――お前、伍子胥の知り合いか?」


 犾治郎が、前世で関わりがある相手かもしれないということだ。


「どうなんでしょね? ボク、自分の“鬼名”知らんのですよ」


 たぶん嘘だろうと思いながらも、悌誉がそれを口にすることはなかった。下手に口にすると余計に面倒なことになりそうだったからだ。


「……それで、お前は私に何の用だ?」

「いや、特に何も。ただ夜の散歩してたら厄介なことが起きてそうやからちょっと来ただけです」


 それが本心でも、口からの出まかせでも苛立たしくて、悌誉は探りを入れるのを止めた。少なくとも今の犾治郎に敵意はなさそうで、ならば頭の血を沸き立たせてまでその思惑を探ろうとするのは愚かに思えたからだ。

 だから代わりにこう聞いた。


「お前、あの射手のことを知っているか?」


 その問いかけに犾治郎は真面目な顔をした。

 犾治郎はいつから悌誉の戦いを見ていたかなど言っておらず、何のことかとしらばっくれることも出来たのだ。

 しかし犾治郎は誤魔化すことをせず、


射日(しゃじつ)の弓兵」


 とだけ答えた。

 その答えに悌誉は眉をひそめる。犾治郎の言葉が信じられなかったのではない。その内容が信じられなかったのだ。


「まあ、信じるかどうかは任せます」


 そう言いながら犾治郎は、夜の闇に溶けるようにどこかへと消えていった。

 暫くぼうっと、犾治郎がいた場所を眺めていた悌誉はそこで蒼天のことを思い出して通信札に向かって呼びかける。


「……や、悌誉姉。すまぬ、拾いに来てくれ」


 返ってきたのは先ほどとは打って変わったか細い声だった。

 どうやら悌誉の思っていた以上に病み上がりで無理をしているらしい。悌誉は蒼天に居場所を聞くとその場所へと向かった。

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