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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter3“*oon *as**e *a*ling”
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不知彼而知己、一勝一負

 悌誉は前に見た前世の記憶を思い出していた。

 その時にかつての悌誉――伍子胥(ごししょ)は友である孫子に、自分の兵学を何も理解していないと言われている。

 それは今でもそうなのだろうと悌誉は思う。

 この場で選ぶべき選択肢は撤退だけで、突撃は蛮勇でしかない。自分のためにも、そして蒼天を死なせぬためにもここは強引にその決断をするべきなのである。

 しかし悌誉は今、情にほだされて強情なこの妹を説き伏せることも、無理やりに意識を失わせてでも撤退することも出来なかった。

 その結果、二人して死地の真ん中へ飛び込もうとしている。

 ここで死んでしまえばそれこそ犬死にだというのに――。


「どうした悌誉姉?」


 蒼天が悌誉の顔を覗き込んでくる。それに悌誉は、なんでもないと素っ気なく返した。


「で、余の手札じゃがの。今は武器と戦車を出すくらいで手一杯じゃ。体調のほうはかなりマシにはなったのじゃが、何故か魔力が大幅に減っておっての。鬼名(きめい)解魂(かいごん)までする余裕がない。傀骸装もさっき作り直しとるしの」

「換装は後何回くらい出来そうだ?」

「次に解けたら今夜はもう無理じゃの」

「戦車と武器はどれくらい作れる?」

「そうじゃの……。戦車二乗くらいならいけるとは思うが、さっき戦車作ったら秒で馬二頭射抜かれとるから、あまり戦車は良策とは思えん」

「なら武器だな。というか、楯が多めに欲しい。それ以外は考えなくてもいい」

「そうじゃの、それならまあ……合計で十はいけるはずじゃ」

「そうか、それなら――」


 蒼天の今使える手段を聞いて悌誉は策を決め、蒼天に教える。

 そしてそれを決行する前に蒼天に、


「それと、私の鬼名解魂はアテにするな。炎の攻撃もな」


 と言った。


「ああ、やはりあれは何か制約があるのかの?」

「鬼名解魂した時に私の背後に巨大な鎧武者が現れただろう? あれが私の魂そのもの――つまり、私の魂の復讐衝動と呼ぶべきものの塊なんだ。使うと私は、また前のように見境いがなくなってすべてを燃やし尽くしたくなってしまう」


 そう言われて蒼天は、悌誉が炎のラインや鬼名解魂をしたがらなかった理由を理解した。


「なるほどの。やはり悌誉姉は――復讐者と呼ぶには甘すぎる」

「なっ……!?」


 率直な物言いに悌誉は思わず声を荒げた。


「じゃが、余は復讐者の顔をしている悌誉姉よりも、頼りがいがあってしっかりものの、普段の悌誉姉のほうが好きじゃ」


 蒼天は歯を見せて笑った。


「それは……そういうこと言うのはズルいぞ蒼天!!」


 悌誉は照れくささと気恥ずかしさを誤魔化すように大声を出した。


「ま、そういう話は置いといて――そろそろ、行くとするかの」

「……ああ、そうだな」


 急に真面目な顔をした蒼天を、悌誉は拗ねるような目で見る。

 そして二人は背中合わせの状態となった。


「いいか、もう一度確認しておくぞ。敵の狙撃位置が動いたら作戦は断念だ。ここは譲らないから、ごねるなよ」


 念を押すように悌誉は厳しめの口調で言った。


「うむ、わかっておる」

「それと……」


 そう言って悌誉は蒼天から少し離れると、自分の胸元に囁くように、蒼天の名を呼んだ。

 そこには複雑に漢字がびっしりと書かれた札が貼ってある。泰伯が犾治郎にもらった通信札と原理は同じものである。


「聞こえたか?」


 悌誉がそう聞くと通信札から蒼天の、うむ、という返事が帰ってきた。


「よし、こっちも問題なしだ」

「しかし悌誉姉、よくこんな都合よく便利な物持っておったの。前にヤスタケどのから借りたのは返してしまったんじゃよな」


 その言葉に悌誉は、形容しがたく、ただただ不機嫌そうということだけが伝わってくる顔をした。


「……前に、いけ好かない同級生からもらった」

「事情は分からぬが、その同級生のいけ好かなさだけは嫌でも伝わってくるの」


 通信札を持っているということは、何かしら異能に関わっているということだ。その同級生というのが気になりはしたが、悌誉の顔があまりにも不愉快そうなので蒼天はひとまずこの場で言及するのはやめにした。

 そして、


「では、行くかの!!」


 と通信札越しに悌誉に言った。


「ああ」


 と頷く悌誉は、足元に置いてあった二つの楯を手にする。蒼天の能力で作ったものだ。

 二人は裏山から死角となっている家の壁沿いに正反対の方向に走る。そして遮蔽物となるものがなくなると、楯で急所を庇いつつ手近な遮蔽物のあるところへ全速力で走った。

 しかしまだ本調子でないらしく足がもつれかけた蒼天は飛び出してすぐに壁に引っ込んだ。

 そして悌誉の方へは矢が飛んで来る。

 一撃目で右手の楯が吹き飛ばされた。

 そして左手で持った楯を構えようとした、それよりも前に――悌誉の左胸に続けざまに飛来した二の矢が命中した。

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