pandemonium_3
泰伯は木刀を握りながら、旧校舎の中を一通り回った。廊下がギシギシと軋むことに少し恐怖を覚えたが、それ以外は、特筆するようなものは見当たらない。一階、二階とすべての部屋を一通り確認し終えても、結論は同じである。
(なんだよ、無斬の奴。驚かせてくれてさ。それとも……もしかして、あれは僕の恐怖心の表れだった、とか?)
実際にぐるりと一周見回ってみると、想像以上に何もなさ過ぎて泰伯は肩透かしをくらっていた。
基本的に、かつて教室や職員室であったであろう空間がそのまま残されているに過ぎない。毎年ここに入りたがる生徒が多数いるというが、何を求めているのだろうかと思ってしまった。
そんなことを考えている間に、泰伯は玄関口のあたりまで戻ってきていた。
あとは外に出るだけといったところで泰伯は、薄暗くて見えなかった段差につまずき、近くの壁に手をついた。
「うわおっと!!」
『大丈夫か、茨木副会長!?』
「ああ、うん。だいじょう……いや、問題ないよ」
『そ、そうか? それならよいのだが』
そこで泰伯はある異変を感じた。
しかしそれを口にすることはなかった。泰伯はそのまま歩いていき、木刀を最初にあった場所に戻すと外に出て紀恭に問題はなかったと告げた。
「そうか。やはり、私の杞憂だったようだな。手を煩わせてすまなかった」
「気にしなくていいよ。何もなかったんだから、それに越したことはないさ。それよりも、そろそろ下校時刻じゃないか? もう五時だよ」
「ああ、そうだった。今日は部活がないから下校時刻が早まっているのだったな。では、帰るとしようか」
そうして二人は帰路についた。
一緒に帰らないかと紀恭に誘われた泰伯だったが、用事を思い出したと言って小走りで家に帰ると、台所にあったカップラーメンを作って急いで食べた。
そして庭の物置からロープと懐中電灯、父親の原付のヘルメットを持ち出して学校のほうへと自転車で走っていった。
時刻は夜の六時半ごろ。
既に日は暮れているがまだ真っ暗という時間帯ではない。泰伯は自転車を裏門から少し離れた歩道の端に停めると、隠れるように裏門から敷地の中へと入った。目指すは旧校舎だ。
裏門からのほうが正門よりも旧校舎に近い。加えて、裏門は最後に学校を出る教師が施錠することになっており、この時間帯であれば生徒は残っていなくても教師は一人か二人はまだ仕事をしていて裏門が空いていることを泰伯は知っていた。
(何をやってるんだろう、僕は)
という想いはあった。
しかしそれ以上に、旧校舎について気になることがある。この謎を解かなければ、落ち着かない。それは紀恭を相手に請け負った言葉に対して不誠実になる。
(それはそれとして、ああ、せめて会長には相談すべきだったか?)
勢いでここまでやってきて、初めて泰伯は気が逸ったかもしれないと感じた。
しかし、ここまで来たのだからやれるところまで自分でやろうと改めて腹をくくった。もし、自分だけでは手に余る、危険だと感じたのならそこで止まって、明日以降、改めて誰かに手伝ってもらえばよいと考えたのだ。
そんなことを考えている間に旧校舎の前についた。当然、誰もいない。
懐中電灯をつけて中に入ろうとする。
すると昼間と同じように、その先に黒い旋風が現れた。
「邪魔をしないでくれ、無斬。それとも――君は、何かを知っているのかい?」
幻影は答えない。
泰伯は振り切って中に入ると、昼間握りしめていた木刀を掴み、出る直前に自分が手を突いた壁のあたりを調べる。右手でコンコンと叩いていくと、あるところから音が軽くなった。ゆっくりと手で押すと、壁がぎいという音を立てて回った。忍者屋敷にあるという隠し部屋のような仕組みになっており、半分まで回して中に入るとそこは、どう見ても学校の施設という感じの部屋ではなかった。
部屋中に鎖が張り巡らされている。しかも、その上からは何十枚と札が貼られているのだ。
札は草書体で書かれており、泰伯には何を書いてあるか読むことが出来ない。
(封印? 儀式? だとしても、なんで旧校舎にこんなものがあるんだ?)
わからないことだらけであるが、薄気味悪さだけは十分に感じる。こんなものがあるのであれば、お化けの一つや二つくらいは出てもおかしくはないだろうと泰伯は嫌な実感を得てしまった。
他に何かわかることはないかと部屋を観察しているうちに、泰伯は床に、板目とは違う筋が入っているのを見つけた。当然そこも上から鎖がびっしりと張り巡らされているが、鎖がなければここを開けて、その下に物置か、ともすると地下室のような空間があるのだろうと推測できる。
(まるで昔に読んだ水滸伝に出てくる伏魔殿だな。厳重に敷かれた封印の下にあるのは、百八の魔星か、この世総ての災厄か。いずれにしろ、触らぬ神に祟りなしだ)
誰が、何の目的で旧校舎にこんなものを作ったのか。薄板一枚隔てたその下に何があるのか。その好奇心がないかと聞かれれば嘘になる。しかし、こういった場合、好奇心に負けて禁忌を開いたら碌なことにならない。
色々と奇妙な噂は広まっているようだが、紀恭は実害が出ているとは言っていなかった。ならばここで見た光景は自分の心の中だけに留めておこう。そう決めて隠し部屋を出た時である。
雷の落ちるような轟音が響き渡り、旧校舎の一角が弾け飛んだ。