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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue4“inside my core”
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legend archer awaking

 家に帰った忠江は、まだ両親が帰って来ていないようなので自室に戻りだらだらとしていた。

 読みかけの漫画を読んだり、好きな配信者の動画を見たりしているうちに時刻は夜の七時を超えていた。

 しかしまだ両親のどちらも帰ってきた様子はない。

 流石におかしいと思った忠江は一階に降りる。

 そこは、がらんとしていた。

 リビングにあったはずのテーブル、テレビなどの家具が消えていたのである。

 反射的に忠江は自分の頬をつねる。これは夢だと思いたかった。

 しかし痛みはある。

 ならば、両親のたちの悪いいたずらだと決めつけて家の中を探し回った。

 冷静に考えればいたずらのためにここまでするはずなどなく、そもそも忠江の両親はそういうことをするような人間ではないと忠江自身が誰よりもわかっている。

 しかし今はそう思うより他になかった。

 恐怖に駆られながら家中を探し周り、ふと自室にある姿身を見た時である。

 自分の顔が変わっていた。

 間違いなく鏡に映っているのは忠江で、振り返っても誰もいないのに、その鏡面に映る姿は別人だったのである。

 まず背が伸びていた。

 髪も長く、海のような鮮やかな碧色をしている。

 そして、目は切れ長で細身の、美人画の中から出てきたような端麗な顔立ちをしている。

 恐る恐る、忠江は自分の顔を触る。感触からして自分の顔とはまるで違い、髪も腰のあたりまで伸びていた。

 改めて鏡を見る。

 自分の顔が文字通り変貌してしまったという事実もそうだが、その顔を見ると何故か悲しくなり――気がつくと忠江は、涙を流していた。


『暫く寝ていろ。夜は――俺の時間だ』


 自分の口から発せられた声。

 しかし声もまた、忠江のそれとは全く違う。琵琶の音のような清らかな音で、しかし鋭い声。

 そしてやはり、その声を聞くと胸が締め付けられるような苦しみがある。


「……ごめん、ね」


 そう呟いて、逆瀬川忠江の意識は闇に溶ける。

 そして、変貌した忠江は、改めて姿身の己の姿を見る。暫くじっと見ていたが、やがて近くにあった忠江のスクールバッグをおもむろに掴むと姿身に向けて思い切り投げつけた。

 パリン、と激しい音を立てて姿身が砕け、スクールバッグの中身が飛び散る。その中に、漢字を何文字か走り書きしたルーズリーフがあった。

 それは前に忠江が図書委員長の千里山早紀に『漢和辞典占い』をしてもらった時に抽出された六文字の漢字である。


「『堕仙』『盗丹』『奔月』か――」


 そう呟く声の背後から、また別の女の声がした。


「あら、どうせならばもっとじっくりと眺めていればいいではないですか。なにせ、惚れた相手の(・・・・・・)顔なのですから(・・・・・・・)


 声の主――御影信姫はいたずらっぽくそう言った。

 信姫が来ることは知っていたらしく驚くことはなかったが、その言葉には舌打ちをしながら、


『なんだ、この悪趣味な仕打ちも貴様の仕業か?』


 と苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。


「いいえ、それは誓って私のせいではありませんよ。“貴方”の魂に刻まれた因果というものですね」

『……そうか。しかし、俺と“此奴”との顛末など知っていように、そんな台詞を抜け抜けと吐けるなら――やはり貴様は趣味が悪いよ』


 そう言われても信姫は返事を返さず、自分の用件を告げる。


「――次は“貴方”の番ですよ。悌誉さんの願いの影響で“彼女”の魂に限界が来ましてね」

『俺が外に出てきたというのは、つまりそういうことなのだろうな』

「ええ。それに現状、他の不八徳は、空席、不在、自由人、気分屋たちという有様ですので」


 不八徳を組織と考えれば、それはかなり不味い状態である。

 しかし信姫は、出来の悪い子供に呆れるような口調だった。


『――お前、人望がないんじゃないのか?』


 先程の意趣返しとばかりに言う。しかし信姫は笑いながら、


「おや、これはこれは。――主に捨てられ(・・・・・・)妻に逃げられ(・・・・・・)弟子に殺された(・・・・・・・)“貴方”に言われると、かえって照れてしまいますね」


 堪えるどころか、むしろ相手の逆鱗を撫でるように優しい声でそう告げた。

 反射的に右手を前に差し出す。その手には赤い宝珠があった。しかし信姫は素早く動くとその手を左手で掴み、左手で優しく撫でながら微笑んだ。


「それは、来たるべき時まで取っておきなさい――不八徳が一人、天に弓引く伝説の射手よ。“貴方”の願いを叶えるために、動くことを許します。そのために必要な助力であれば、何をもすると誓いましょう」


 そして真剣な声で言う。

 その言葉に、言われた相手は少し怪訝そうな顔をした。


『何をも、か――』

「おや、信用なりませんか?」

『それはそうだろう。俺の願いが叶うということは――俺はお前の(・・・・・)敵になる(・・・・)ということ(・・・・・)なんだぞ(・・・・)?』


 そう言われて、しかし信姫は顔色一つ変えることはなかった。


「わかっていますとも。そして、そうなれば厄介だとも思っています。ですが――今、貴方は(・・・)こちら側にいますので(・・・・・・・・・・)


 それは、言われた相手にとっては屈辱にも思える言葉だった。しかし信姫はそんなことなど意に介さずに言葉を続ける。


「ならば私は、その願いがいかなるものであっても、それを果たすために全力を尽くすと決めていますので」


 真っ直ぐに相手の目を見て、信姫はそう告げる。

 そこに先ほどまでのからかうような調子は無かった。

道違えた私を 灼くように

太陽は私を嫌う

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