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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue2 “*lac*s*i*h in my soul”
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pandemonium_2

「旧校舎について、かい?」

「ああ。その、旧校舎について色々と噂があるのは知っているか?」

「ああ、船乗りシンドバッド、とやらのことかい?」

「すまない、それは知らない。しかし、旧校舎の中から物音がするとか、声が聞こえるとか……あとはだな。出るらしいんだ」


 紀恭はそれを神妙な顔のままで言った。

 普通ならば冗談で済ませるような話である。そもそも、使われなくなって日が立った旧校舎などいかにもそういった噂話が起きそうであり、取り立てて気にするような話とも思えない。

 しかし泰伯の知る限り、紀恭はこの手の冗談は言わないし、くだらない噂を真に受ける性質でもない。


「それは、何か、根拠とかあったりするの?」

「根拠と言うべきものはない。ただ、そういったものを見た、という生徒がそれなりに多いんだ。それも、複数人でいるときに全員が同じ現象を確認しているといったケースが何度もある。無論、杞憂であればそれでいいのだがな」

「なるほどね。個人の証言よりは信憑性が高いというわけだ。ちなみに雲雀丘さんは見たことはあるのかい?」

「いいや、私はない。風紀委員の人間は誰も観測していないので、やはり、好奇や憶測の生み出した風聞の類ではないかと思うのだが、私が風紀委員になってからの半年であまりにも多くその話を聞くのでな」

「わかったよ。僕でよければ引き受けよう。ちなみに、旧校舎への立ち入りの許可はあるのかい?」

「夙川教諭には一応、話はしてある。というよりも、夙川教諭に先ほど一度、見回ってはもらったのだ」

「それで何か、問題はあったのかい?」

「いいや、なかった。だから問題はないはずだ、と言えばそうなのだが――」


 紀恭の言葉はどこか歯切れが悪い。

 夙川先生――風紀委員の顧問である、夙川義華(しゅくがわよしか)を信用していないというわけではない。言葉に言い表せない部分で、納得できないものがあるのだろう。


「わかったよ。僕でよければ力になろう。今からもう一度、旧校舎の中を見回ってくるよ」

「そうか、助かる。なら私も一緒に……」

「いや、君はここで待っててくれ。僕一人で行ってくるよ」

「しかしそれでは――」

「大丈夫だよ。まだ日も高いしね。あとは……僕と電話したままの状態にしておいてくれるかな? それで僕に何か起きたり、通話が切れたりしたら生徒会長を呼んできてほしい。それでどうだろうか?」


 本当ならば蔵碓にも同行してほしい、という気持ちは泰伯にもあった。

 しかし蔵碓は上背と筋肉があるので体重が泰伯と比べて十キロ以上は重い。体重の話をするのであれば、おそらく泰伯と夙川であれば体重に大きな差はないはずなので、問題はないかもしれない。だが蔵碓が歩くとなると、劣化で旧校舎の床が抜けてしまう可能性が大きくなるのだ。

 よって泰伯は一人で行くことにした。

 泰伯の出した条件に紀恭も一応の納得をしてくれたので、自分の携帯電話で紀恭にかけて、通話状態にしたまま旧校舎の入り口へと向かった。

 そしていざ、踏み入ろうとしたその時である。

 その視界の先が歪んで、黒い竜巻のようなものが現れた。それは泰伯が毎朝、道場での鍛錬時に見ているものである。


「……無斬?」

『どうかしたか、茨木副会長?』

「ん、ああ。なんでもないよ。気にしないでくれ」


 通話越しの紀恭にそう言いはしたが、泰伯は胸の奥が騒ぎだすのを止められなかった。

 これまで、道場の外に無斬が出てきたことは一度もない。夕方、たまたま格技場に一人でいた時に試みたこともあるのだが駄目であった。だから泰伯は、無斬との鍛錬は実家の道場だけのものなのだろうと思っていた。

 しかし今、泰伯は無斬のことなど考えもしないのに彼は一人でにその姿を現したのだ。

 加えて無斬は、剣を突きつけながら、旧校舎の入り口の前に立っている。

 まるで、泰伯がこの中に立ち入るのを妨げるように。


(……どういうつもりだい、無斬?)


 紀恭に聞こえないように心の中で念じてみる。

 しかし答えはない。


(悪いけど、行かせてもらうよ。雲雀丘さんと約束したからね)


 そう言って、泰伯はまっすぐに突き進んでいく。

 そして自分の体と無斬の体が触れあい――。何の感触もなく、泰伯は旧校舎の中へと入っていった。

 当然と言えば当然のことなのだが、たったそれだけのことに安堵して、泰伯は大きく息を吐く。

 無斬が現れてから旧校舎に入るまでのわずか数秒の間、自分が大きな緊張感に包まれていたことに気が付いた。


(なんだっていうんだ、まったく……)


 気を取り直して進もうとした時、泰伯の背後でからん、と、何かが倒れる音がした。

 そこには真っ黒な木刀が倒れている。何故そんなものが旧校舎の中にあるのかわからなかったが、後で戻すから、と言い聞かせて泰伯はそれを持っていくことにした。

 木刀一本でも持っているのといないとでは心持ちがまるで違う。とりわけその木刀は妙にしっくりと泰伯の手に馴染み、心強さを与えてくれるような気がした。


(やれやれ、こんな……棒切れみたいな木刀一本でこうまで気分が変わるなんてね。もしかしたら自覚がないだけで、僕ってお化けとか駄目なタイプだったのかな?)

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