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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue4“inside my core”
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是斬之斬、非不斬之斬也

 泰伯と義華の『大人のチャンバラ』の結果は、泰伯の完敗だった。


「……く、悔しいな」


 壇上から降りてきた泰伯は真剣な顔で俯いて歯噛みをしている。


「気持ちはわかる。しかしいい勝負だったと思うぞ」


 日輪が泰伯の肩を叩いて励ます。


「いや、惨敗だよ。一合も打ち合えずに負けるなんてね」


 泰伯は日輪のその気遣いは嬉しく思っていたが、かけられた言葉は否定した。


「ほら泰伯、なんか奢ってやるから元気だしてよ」


 彷徨はもはや賭けのことなど忘れて泰伯の手を取り出店屋台のほうへ連れ出そうとしている。


「しかし先生も少し大人げないですよね。花を持たせてわざと負ける、とまではいかなくても、もう少し長く続けてくれてもいいと思うんですが。指導対局をやるような感じでですね」


 孝直は少し義華にがっかりした様子である。

 その時、義華も壇上から降りてきていた。そして孝直に、


「私にそんな余裕はありませんでしたよ。傍目に見るほど、私の圧勝というわけではありませんでしたからね」


 と言った。


「おや先生。連勝記録はもういいんですか?」


 孝直は少し嫌味っぽく言った。


「ええ。あれだけ羽目を外せば十分です。それに、この後に茨木くんよりも強い相手が現れるとは思いませんので」

「夙川先生、実際のところ、今の僕は先生から見てどうですか? 正直に教えてください」


 泰伯は悔しさを圧し殺して真剣な顔をする。

 そんな教え子に、義華も誠実に向き合うことにした。


「技量という点では私が指導するようなことはありませんね。部内で貴方に勝てるのは御影さんか稲野くんくらいでしょう。ですが――そんなものでは(・・・・・・・)貴方には(・・・・)足りない(・・・・)のでしょう(・・・・・)?」


 義華は含みのある、それでいて泰伯にだけ伝わる言い方をした。日輪たちは意図が分からずに不思議そうな顔をしている。


「茨木くんは家でも稽古をしている言っていましたね。ならばこれから家では、竹刀を持たずに、しかし剣を持っているつもりで素振りをしなさい」


 それだけ言うと義華は一人、体育館の出口へ向かう。


「まあ、明日からで構いませんよ。折角のお祭りですから今日は楽しんでいきなさい。私は――馬鹿でどうしようもない同僚を拾って帰りますので」


 そう言い残して義華はいなくなった。

 泰伯はというと、義華の背に深く頭を下げて、それからずっと黙り込んでいる。


「……泰伯? おーい、泰伯ー?」

「返事がありませんね」


 彷徨と孝直は泰伯に声を掛けたり揺さぶったりしてみるが泰伯は反応すらしない。彷徨はついにはその腕を両手で掴んで強引に動かそうとするが、まるで巨岩に縄を掛けて引きずろうとしているような気になってきた。


「……ああもう、フリーズするといつもこうだよ泰伯は!! ほら、日輪と孝直も手伝って!!」

「わかりましたよ。どうせ私が加わっても役には立たないと思いますけどね」


 孝直は自嘲しながらも彷徨と反対側の腕を掴む。しかし何も変わらない。


「……うんとこしょ、どっこいしょ」

「それでも泰伯さんは抜けません……」


 彷徨と孝直は徒労感を覚えながらそんなことを口走った。あまりにも手応えが無さすぎてふざけなくてはやっていられなくなったのだ。

 そしてその横では――日輪もまたじっとして黙り込んだまま何か考え事をしていた。


「ちょ、日輪も手伝ってよ!!」

「――どうしました、日輪さん?」


 しかし日輪のそれは泰伯よりは聞き分けがよく、二人の声はちゃんと耳に届いて、そちらに意識を戻した。


「すまない。少し考え事をしていてな」

「何か気付いたことでもありますか?」

「夙川先生の言った、剣道の鍛練なのに竹刀を持つなという話だ。似たような話を昔、何かで読んだような気がしてな」


 しかし何だったかまでは思い出せず、それが日輪には気持ち悪かったのだ。


「漫画とかアニメじゃないの?」

「まあ、バトル物とかならありそうですよね。そういう外連味(けれんみ)の利いた修行回みたいなの」


 しかし二人の言葉に日輪は首を横に降る。


「いや、活字だったはずだ」

「じゃあわかりませんね。私はほとんど本は読まないので」

「……『巌窟王』にはそんなシーンはないはずだよ」


 彷徨の呟きに二人は、それはそうだろうと突っ込みをいれる。

 彷徨も活字の本は苦手なのだが、何故か唯一、『巌窟王』だけは大好きで読み込んでいるのだ。


「今度、三宮先生か中津先生にでも聞いてみたらどうですか? 私や彷徨さんではたぶん無理ですよ」

「そうだな、そうしてみる」


 孝直の提案に納得して、日輪は始めて現状を確認した。彷徨と孝直が泰伯の両腕を掴んで立っているという奇妙な光景を。


「ところでお前たちは何をしているんだ?」

「……大きなかぶごっこ?」


 彷徨が疲れきった声で言う。


「なるほど。ならば俺は何を呼んでくればいい? 猫か? 犬か?」

「原作だと確かネズミがかじって抜けたんじゃなかったですか?」

「なるほど、ネズミか」

「……ネズミはいいんで手伝ってください」


 納得してどこかへ行こうとする日輪を孝直が制止する。

 その間に彷徨は意を決したようにパン、と手を叩いた。そして、


「玲阿ちゃんがあそこでガラの悪い男たちにナンパされてる!!」


 とわざとらしく泰伯の耳元で叫んだ。

 その瞬間、それまで電池の切れた懐中電灯のようだった泰伯の目に光が点り、彷徨が指差したほうをキッと睨みつけた。


「嘘だよ」


 彷徨は泰伯の頭を軽くはたく。泰伯はまだ、寝ぼけているかのような呆然として気の抜けた顔をしている。


「……嘘なのか?」

「嘘だよ。ほら、起きて泰伯。もう賭けとかどうでもいいからご飯行こうよご飯。うまいもの食べれば元気になるって」

「あ、うん……」


 彷徨はそう言うと泰伯の腕をぐいぐいと引っ張って体育館の外へ連れ出そうとする。泰伯はされるがままだ。


「こういう時は手慣れてますよね、彷徨さん」

「――そうだな」


 孝直と日輪は少し離れた距離を歩きながら二人の跡を追っていった。

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