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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue4“inside my core”
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exceed the blade_2

 体育館の壇上で義華と対峙しながら、泰伯は額に汗をかいていた。

 義華とはこれまで剣道部の練習で何度か立ち会ったことがある。しかし今の張りつめた糸のような緊張感はその時の比ではない。

 義華は、一見すると無造作に右手でエアーソフト剣を構えているだけだ。しかしたったそれだけのはずの相手に泰伯はまるで動けなかった。

 義華が片手でエアーソフト剣を構えているのは竹刀に比して軽いからだろう。泰伯も、扱う分には片手で問題ないので今は右手だけで持って構えている。


「日輪さん、解説してもらえませんか?」


 最前列で見ている孝直は横の日輪に聞いた。

 将棋部の孝直、帰宅部の彷徨に比べれば弓道部の日輪はまだ状況が分かるのではないかと思ってのことだ。


「そうだな。いや、やはり泰伯にかなり不利な勝負に見える。夙川先生には隙がない。将棋で言うなら……どんな手を打っても不利な盤面が覆せないような感覚、というところか?」

「なるほど。それならば確かに覚えはあります。詰みですね。しかし、今の泰伯さんが本当に詰んでいるのか、それとも相手に気圧されて勝ち筋を見つけられないのかまではわかりませんね」

「それは俺にもわからん。そもそも、弓道は自分との戦いだからな。対峙する相手がいるという点ならば孝直のほうがわかるところもあるのではないか?」


 日輪にそう聞き返されて孝直は少し考え込む。

 孝直はそれまでこの勝負を、武道という観点で捉えていた。しかし日輪の言うように強者との対決という見方をするならばまた違う視点もあるかもしれないと思い直した。


「そうですね……。これが将棋だとすると――」

『死地にいるように見えて、活路は前にしかない。恐れという名の断崖を越えて進むことで僅かな勝機が見える。それが出来なければ負けるだろう』


 不意に誰かがそう言った。

 日輪と孝直がその声のした方を見ると、そこには彷徨が真剣な顔で泰伯を見つめていた。


「彷徨?」

「彷徨さん、今、何か言いました?」


 二人にそう言われて彷徨はそちらを見る。きょとんとしていて心当たりはなさそうだ。


「あのさー、俺マジメなんだけど。だって泰伯、思ったよりマジな顔してるしさ」

「あ、ああ。すまない」


 何かの聞き間違いか、通りすがりの誰かの言葉だろうかと二人は片付けた。

 それにしても彷徨の表情はいつになく真剣で、両手を合わせて泰伯を見つめている。


「いいんですか、泰伯さんが勝ったら私たち奢らされるんですよ?」

「いいの、その時は気持ちよく奢ってやろうよ」


 彷徨はためらいなくそう言った。

 普段はおちゃらけている彷徨だが、時折、泰伯のこととなると真剣になるのを二人は知っている。だから二人もその言葉に頷いて壇上の勝負の行方を見守ることにした。

 そして壇上にて――。

 開始の合図から一分は経過したが未だ泰伯は動けずにいる。

 とにかく隙がない。日輪が解説したように、どこに打ち込んでも負けると感じるのだ。

 どうしたものかと手をこまねいていたその時である。


「茨木くん。あまり時間をかけすぎても運営の方々に迷惑がかかりますよ」


 義華がそう言ってきた。


「……すいません。未熟者で、針を通すほどの隙すら見出だせないもので」

「そう堅くならなくてもいいではないですか。もっと肩の力を抜いて気楽にやりましょうよ。こんなものは所詮、遊びなのですから」

「それだけ隙もなく構えいる人の言葉とは思えませんね。先生って、もしかして負けず嫌いだったりします?」


 汗をびっしょりとかきながら泰伯は苦笑いをする。その問いに義華は優しく微笑みを返した。


「まあ、そうですね。――勝負事は、勝たなくてはつまらないでしょう?」


 その微笑に泰伯は凰琦丸の面影を感じ取ってしまった。鋭く速い刃が絶えず襲い来るあの戦いを思い出してしまったのだ。


(……ただ顔が同じだからか?)


 もしくは、一時的とはいえ前世の人格が表に出てきたことが義華に何か影響を与えているのだろうか。

 そんなことを考えながら泰伯は無意識に、左手で額の汗を拭う。

 ――その時だった。

 泰伯は、義華のエアーソフト剣が何倍もの大きさになったような錯覚を見た。義華は微動だにしていないのに圧だけが増大し――汗を拭った左手を剣先で撫でられた感触がしたのである。


「いけませんね。片手で剣を扱っているからといって、そんな無造作にもう片方の手を動かしては」

「……すいません」


 口先で謝罪しながら、泰伯はまったく違うことを考えていた。


(……今のは、この前の戦いの中でオウキマルが使ったあれ(・・)と同じだ)


 泰伯の差すあれとは、凰琦丸の遠隔斬撃のことである。

 仁吉と泰伯は揃って遠隔斬撃を“技術”と判断した。合気と剣術という違いはあれど武道を学んだ身としてその本質を、鍛練次第でたどり着けるものだと直感したのである。

 とはいえ今の義華が、それもエアーソフト剣で行えるとは考えてもみなかった。

 泰伯はもう一度義華を見据え、大きく息を吐く。

 変わらず義華には一縷の隙もない。

 そこに付け入る隙を見出だそうとすることはもうせず、一度全身の力を抜くと、剣を構える。


「覚悟は決まりましたか?」

「はい。――ご指導、よろしくお願いします!!」


 そして泰伯は義華に向かって駆け出していった。

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