it's only rock'n roll
仁吉と琉火は野外ステージへ向かう途中、体育館の前を通った。そこで仁吉は、ちょうど今から体育館の中へ入っていこうとしている泰伯たちを見つけて思わず顔をしかめた。
「あれ、先輩。どうしました? 四バカと知り合いなんですか?」
琉火が仁吉の顔を覗き込んで聞く。
「あー、いやまあちょっと……。って、四バカ? なんだいそれ?」
「あの四人のあだ名ですよ。茨木くん、伊丹くん、東向日くんに烏丸の四人のこと、二年生はみんなそう呼んでるんです」
爽やかな笑顔で毒を吐く琉火を見て仁吉は少し困惑した。
「……伊丹くんと烏丸くんはわからないけれど、茨木は……性格自体は真面目だろう? それに東向日くんとは弓道部で何度か会ってるけれど、彼も寡黙で熱心ないい子だったと思うんだけれど?」
少なくとも仁吉の印象としてはそうだ。しかし琉火は笑顔でそれを否定した。
「一人一人ならバカなのは、まあ烏丸だけなんですけどね。でもあの四人、結束するとなかなか派手にやらかすんですよ。ほら、去年の暮れに大雪が降ったの覚えてますか?」
「ああ、あったね。けっこう積もってたけど、その時に何かあったのかい?」
「烏丸と茨木くんが雪合戦やろうって学年中の男子に呼び掛けて、あの四人が組んだチームが……まあ、参加者全員雪だるまにしちゃって」
「……うん?」
琉火の言葉の意味がわからずに仁吉は首をひねった。その時のことを思い出すように琉火はため息をつく。
「烏丸が雪で偽装した落とし穴、茨木くんは大雪玉カタパルト作りましてね。伊丹くんがそこへ敵チームを誘導して全員雪の中です」
「……はぁ」
「そして東向日くんは弓持ってきてつららの先に雪玉固めて、火矢ならぬ雪矢だ、とか言ってバンバン撃ってましたね」
「普通に危ないじゃないかそれ!?」
「ええ。もちろん後で三宮先生のお説教コースでしたよ。そういうことを時々やるんですよあの四人」
呆れた様子の琉火の話を聞きながら仁吉は少し意外に感じていた。
(あいつ、そんな年相応の男子高校生みたいなことするのか)
真面目で堅物。少なくとも表向きはそれで通しているのが茨木泰伯という人間だと思っていたからだ。
「ところであの四バカと先輩、どういう関係なんですか? 接点無さそうですけど?」
「まあ、茨木と……ちょっとね」
仁吉はやはり曖昧に濁した。
そんな話をしている間に四人はもう体育館の中に消えており、二人もそれ以上泰伯たち――四バカの話をすることはなかった。
そして二人の目的地、野外ステージに着くとそこは熱狂で賑わっていた。
ライブや演奏と言うが、特に有名なアーティストが来ているわけではない。基本的にはアマチュアのバンドや地域の集まりの楽団など趣味の範囲で音楽をしている人たちだ。
音響機材は運営側が用意してくれるし、事前に申請すれば誰でもステージに立てるということもあって学生バンドの姿もちらほらと見える。その分、演奏のクオリティもそれなりなのだがこういった地域の集まりではそのほうが盛り上がる。
ちなみに今は初老の男性四人による洋楽ロックの演奏が行われていた。
「お、『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』か」
「知ってる曲ですか?」
琉火が仁吉に聞いた。
「うん、ザ・ローリング・ストーンズってイギリスのロックバンドの曲でね」
「あ、もしかしてミック・ジャガーがボーカルやってるグループですか?」
「そうだよ。と、曲が変わったね。これはクラプトンか」
どうやらこのグループは洋楽のメドレーをやっているようである。
「先輩、洋楽詳しいんですね」
「親父が好きでね。といっても別にそこまでだよ。有名どころが多少分かる程度さ」
それは謙遜ではない。実際、仁吉は父に半ば無理矢理に洋楽のCDを聞かされたが頭に残っていない曲のほうが圧倒的に多い。
ただ印象に残った曲が何曲かあり、それらを聴き込んでいるだけなのだ。
仁吉はそのグループの演奏を静かに聴いていた。邪魔をしては悪いと思ったのか琉火はその間、仁吉に話しかけることはしなかった。
そしてそのグループの演奏が終わり次のバンドに変わる。次は学生バンドだった。
「ん、あれベースが桜井くんでギターが……綰さんかな?」
「あ、先輩も知り合いいました? 私もドラムとボーカルは友達ですね」
琉火のいう知り合いのうち、ドラムは男子でボーカルは女子である。仁吉はどちらも誰かわからなかったのでおそらく1年か二年だろうと思った。
「でも榛ちゃん……。あ、ボーカルの子なんですけどね、その子がいるなら期待出来そうですよ。歌上手ですし、カッコイイ系の曲が大好きなんで」
そしてそのバンド――名前は『アウトサイダーズ』というらしい――の演奏が始まった瞬間、琉火のテンションが一気に上がった。
とても楽しそうな琉火を見て仁吉は声をかけるのはやめようと思った。
(しかし……確かにいいなこの曲)
後で琉火にアーティスト名と曲名を教えてもらおうと仁吉は一人思った。