food festival
フードコートで話題にされていることなど知らない桧楯の姉――南茨木琉火と、その横の陰気な男――南方仁吉は『ヒラルダ』の中を歩いていた。
仁吉は今は、琉火に選んでもらった服を買ってそれに着替えており、着てきた制服は紙袋の中に畳んでいれている。
服装は、上は白のニットで、ズボンは黒のテーパードパンツというシンプルなものだ。どちらも安価な物ではあるがそれなりに馴染んでいる。
「どうですか先輩? その服、動きにくかったりしません?」
「いや、むしろ楽だよ」
「よかったです。とても似合ってますよ。先輩、スリムですし背筋も真っ直ぐなんでそれくらいシンプルなほうがシュッとしてて格好いいですね」
「……そうかい? いやまあ、背筋に関しては普段から意識するようにはしてるけれど」
同性異性に関わらず容姿を褒められた経験がほとんどない仁吉は、そういうものなのだろうかとどこか他人事のように琉火の話を聞いている。
実際、自分では似合っているのかどうかわからないのだが動きにくさもないのでこれでいいと思っていた。
「まあ、似合っているのだとしたら南茨木さんのセンスのおかげだよ。自分一人だと、適当に値段見てサイズだけ合わせて終わるからね」
「そう言ってもらえると選んだ甲斐がありますね」
そう言って琉火は小さく笑う。
仁吉はその時、琉火の笑顔に既視感を覚えた。同時に、僅かな胸のざわめきも。
最初、喫茶店で琉火の笑顔を見たときにはなかった感覚である。しかし一緒に歩いて話すことに慣れてきたからか、落ち着いて琉火を見ていると――得も言われぬ違和感が頭をよぎるようになったのである。
それが何かはわからない。
そして、
「じゃあ先輩。次はどこ行きますか? まだお昼には少し早いですし――」
そんなことを考える間もなくデートは進行していく。
「そうだね、どうしようかな?」
「じゃあ……坂弓公園で今、イベントやってるらしいんですけど行ってみません?」
「――ああ、そうか。そういえば『坂弓フードフェス』の時期だったね。わかった、いいよ」
特に何か案があるわけでもないので仁吉は言われるままに琉火と共に坂弓公園へ向かった。
坂弓市の北西部にある坂弓総合運動公園、通称坂弓公園は総面積100ヘクタールの広さを誇る都市公園である。
その施設内には野球場が三つにサッカー場、陸上競技場、体育館などがあり、さらに夏にはプール、冬にはスケートリンクも解放される。そして屋外フェスなどのイベントの会場となることもある。
そしてこの日、より正確にはこの三連休の間に行われる『坂弓フードフェス』の開催場所となっている。
『坂弓フードフェス』とはその名の通り、坂弓公園の敷地内に数多の屋台やキッチンカーが並ぶ飲食系の催し物だ。他にもスタンプラリーなどの様々な企画が行われたり、学生やアマチュアのバンドが空きスペースでライブを行うということも許可されている。
とにかく、退屈することのないことには違いない。
「さて、どうしようかな?」
「あ、さっきパンフレット貰ってきましたよ。先輩、何か気になるところあります?」
琉火に手渡されて仁吉は、入り口のあたりにフライヤーの束が置かれていたのを思い出す。しかし特に手に取ることもなく流してしまった。
(手際いいな、この子。というか朝からずっと流されてばかりな気がする。主体性ゼロかよ僕)
漫然と生きているな、と思いながら仁吉はパンフレットを眺める。当然のことながら飲食系の出店が多い。
「お腹減ってるかい?」
「まだそんなにですね」
「なら、そうだね――野外ステージのほうにでも行ってみるかい? ライブや演奏をやってるみたいだしさ」
「いいですね、行きましょう!!」
琉火がそう言って、二人は野外ステージのほうへと向かった。
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