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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
prologue4“inside my core”
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千里三家

「悌誉姉、それだとわからん」


 悌誉はその相手のことを名字でしか呼んだことがないので反射でそう言ってしまった。

 しまったと思い、すまないと謝る。


「ええと、あいつの下の名前……。ほら、去年の副会長だろう? 確か戦国武将みたいな名前の……。官兵衛、だったか?」

「……それ、ボケなんスか? それとも素ですか?」


 桧楯は戸惑いながら聞いた。

 蒼天は時折真剣な顔でふざけたことを言うが悌誉は見たところ真面目な性格である。だからこそ、一見ふざけているように見えるその言葉が、本当にふざけているのか大真面目なのかがわからないのだ。


「いやほら、なんか黒田が似合いそうな名前じゃなかったか? ……長政?」

「……如水(じょすい)ッスね。南茨木如水。それがうちの兄貴です」

「ああ、そうか。いやすまない」

「悌誉姉ってたまに天然じゃよな?」


 蒼天が軽口を叩く。


「仕方ないだろう。とりわけ親しくないクラスメイトの下の名前なんてそうすんなりと出てこないんだから。それに、周りはみんなあいつのこと副会長、副会長って呼んでたんだよ。任期終わった後もさ」

「なるほど。で、話を戻すとじゃの。その竜骨カラタチとやらが南茨木家の家宝、みたいな感じなのかの?」


 その問いに桧楯は首を横に振る。


「いえ、うちで監理してる幾つかの宝貝(パオペイ)の一つッスね」

「ぱおぺい? なんじゃそれ?」

「なんかすごい……封神演義っぽいんだが、宝の貝って書いたりするのか?」


 悌誉の質問に桧楯は頷く。


「仙具とか魔具とかって呼び方もあるッスけどうちでは基本的に宝貝(パオペイ)って呼んでるッスね。中国由来のすごい武器ッス」

「……ヒタチよ。おぬし、もしかしてすごい家の人間だったりするのかの?」

「すごいかどうかはわかんないッスけど、古いことは確かッスね。私もそんな詳しく知らないんスけどね」

「そうなのか。南茨木ってそんな由来のある家だったんだな」


 悌誉が感心したように言う。


「悌誉姉だって、名字と血筋だけなら由緒ありそうではないか?」

「南千里なんてよくある名字だろ。昔、家紋を調べたんだが、間違いなく私は直系じゃないぞ」


 坂弓市は、かつてこの地を治めていた領主に仕えた「千里三家」――北千里、南千里、千里山という三つの家が今も根強く残っており、それ由来でこの三つの名字を持つ人間が多い。

 他の土地ならば珍しい名字の部類であるが坂弓ではポピュラーなのである。


「ほら、明治維新の時にそれまで名字のなかった平民が名字を持てるようになっただろ? その時に領主や地主の名字にあやかるケースもあったらしいからな。私の家はたぶんそんな感じだと思うよ」

「なるほどのう」


 悌誉の説明を蒼天は感心した様子で聞いている。

 そしてふと思った。


「そう言えば南茨木って、つまり南荊(なんけい)じゃの」

「……はい?」

「あのな蒼天。私にコメントしづらい話題はやめてくれ。それと、せめて何かに書いてあげないとヒタチちゃんがわからないだろ?」


 そう言って悌誉は蒼天にメモ帳とボールペンを渡す。蒼天はその一枚をちぎって先程の字を書いた。


(けい)という字はイバラという意味での。そして、余の国である楚もイバラという意味を持つ。歴史書などでは楚でなく(けい)と記されることもあるしの」

「はぁ……」

「つまり南茨木とは、南の楚という意味にもなるわけじゃ。中国の南方は伝統的に楚と呼ばれるし、おぬしの家に中国の武器などがあるのなら、そのあたりにルーツがあるのではないか?」

「どうなんすかね?」


 桧楯は今まであまり自分の家について詳しく考えたことはなかったので蒼天の指摘に首を傾げる。

 そして悌誉は蒼天の書いたメモ帳をじっと見ながら、


「……そう言えばあいつ。あのクソ剣士も茨木だったよな」


 とぼそりと言った。

 クソ剣士とはもちろん泰伯のことである。


「そじゃの。玲阿の兄上じゃからの」

「……そうか」


 と悌誉は複雑そうな顔をした。


(つまり私は、イバラ――楚の姓を持つ二人と楚王に負けたのか。これも、因果応報というやつなのかな?)


 悌誉と伍子胥の人格は別とはいえ、前世である伍子胥の仇に負けたと思うとやはり複雑な思いがあった。

 一人そう物思いに耽っている悌誉を他所に蒼天は桧楯と話している。


「まあ、普通に余も気になるゆえ少し調べてくれんかの? おぬしだって興味はあるであろう?」

「そりゃ、あるはあるッスけど……」


 そう言った時、桧楯は何かを見つけたようでそにらを見た。


「どうしたのじゃヒタチ?」

「あーいえ、うちの姉がいまして」


 そう言われて蒼天も桧楯が見た方を見る。


「あれか、あの陰気な顔の男と歩いとる美人かの?」

「……そっスね。そういや姉貴、今朝はなんか張り切って服選んだりメイクしたりして気持ち悪いなと思ってたんスよ。まさかデートだったとは」

「……別にいいんじゃないのか?」


 姉に向かって平然と毒を吐く桧楯に悌誉は少し困惑していた。


「いや、だってうちの姉貴ってこう……ダメなんスよね」

「直接的で情報皆無の説明じゃの」


 そんな話をしている間に桧楯の姉と横の男はもうどこかへ歩き去っていた。

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