coffee shop“Santa Teresa”_2
喫茶店『サンタテレサ』。
火曜日定休で、老紳士といった見た目のマスターが営む落ち着いた雰囲気の店である。店内にはカウンター五席とテーブルが六席といったこじんまりとした内装である。
朝の九時ごろ。
この『サンタテレサ』のテーブルの一角に泰伯はいた。
正面に座っている男――スーツを着た細見の、三十代後半くらいの見た目の人物。
南方弾。仁吉と仁美にとっては叔父にあたる人物でもあった。
「弾さん好きですね、ここ」
「――ああ。ここの珈琲を飲んでいる時が人生で一番満たされているような気がするよ。俺は兄貴と違って下戸だからな」
弾はそう言いながら珈琲カップをゆっくりと口のあたりに近づけ、少し香りをかぐとゆっくりと口に含む。その間、ずっと目を瞑っており、こうしている間は泰伯は話しかけないようにしている。
やがて珈琲カップをテーブルに置いたのを見ると泰伯は聞いた。
「ところで今日はどうされたんですか? 何か用事でも?」
今日、泰伯がここに来たのは弾からの呼び出しによるものだ。
昔、まだ泰伯が子供の頃にたまたま弾と知り合い、それ以来時折こうして喫茶店で話したり食事に連れて行ってもらうような仲になっている。
そして昨日の夜、予定が空いているならモーニングでもどうかと誘われたのである。剣道部の練習が休みだった泰伯は断る理由もなかったのでこうしてやってきたのだ。
「まあ、そう大した話じゃないさ。年を取ると頭が固くなりがちなのでな、たまには若者の話を聞かせて欲しい、くらいのことだよ」
「年を取るとって……。弾さんまだ若いじゃないですか?」
泰伯にとって弾は、落ち着きがあって年下の自分にも気をかけてくれる、ナイスミドルという言葉の似合う大人だと思っている。外見にしても若々しく、それでいて見た目も小ぎれいにしているので年寄りという言葉はどう見ても思い浮かばない。
「外見の話ではなく思考の話さ。そろそろ、自信と鋭気に満ちた若者が愚かしく見えてくる齢だからな。自分も昔はそうだったということを忘れて、偉そうに独りよがりな思想を押し付け始める――世間から疎まれ始めるような齢に差し掛かりそうなのでね」
「弾さんでもそんなこと悩むんですね?」
「ああ。大人になるということは経験と言う名の邪気を取り込むことだからな。そうかといって、いい齢をしてま無邪気なままの奴は愚かだ――と、ほらな。こういう説教染みたことをつい言いたくなってしまう」
弾は自分の悪癖を戒めるように人差し指で眉間を軽く詰り、気を落ち着けるようにまたゆっくりと口元に珈琲カップを運ぶ。
「別にいいですよ、僕は。弾さんがそういうことを言い出すのは昔から変わってませんから」
「――ふむ、そうか?」
「はい。むしろ、そのほうが弾さんらしいです。たまに分かりにくいことを言われる時もありますが、弾さんのそういう話を聞くのが僕は好きですよ」
泰伯はにこりと笑った。
弾も少しだが口元を綻ばせている。
その時だった。カランコロンと入り口のベルが鳴った。店内に新たな客が入ってきたのである。その相手を泰伯は知っていた。
「あ、先輩」
泰伯と仁吉の間には、泰伯からは仁吉に接触しないという約束があるので泰伯は小さな声でそう言って、そして身を屈めた。
幸いというべきか二人の座っていたテーブルは入り口から見て左側の、窓際とは反対側であり仁吉からは見えにくい位置だった。
泰伯の行動を不審に思いながら弾も入り口のほうを見る。そこには自分の甥がいて、しかも入るなり落ち着かない様子で窓際の席を見回していた。
「――フ、あいつもそういう年頃か」
そういうともうそちらを見ることはなく、泰伯のほうを見て小声で言った。
「身を伏せたのは正解だ泰伯。あいつも色々とあるだろうからな。あまり野暮なことはしてやるまいよ」