coffee shop“Santa Teresa”
そして土曜日の朝。
いつもより少し遅めの七時半くらいに起きた仁吉は、ベッドから体を起こしても暫くぼーっとしていた。
思わぬ流れで、面識はおろか名前すら知らない女の子とデートをすることになってしまった。はっきり言って仁吉はこういうことが苦手である。
人並みに異性に興味はあるし、彼女がいたら楽しいのかもしれないと漠然と思うことがある。
しかし、逆に言ってしまえばその程度の気持ちしかないのだ。仁吉が対人関係に一番求めるものは、一緒にいて気が休まるかである。前に騎礼にそう言ったところ、
『そりゃお前、たいていの人間はそうだろうぜ』
と一笑されてしまったが、事実そう思うのだから仕方がない。
相手が年下というのも懸念の一つだった。どうも仁吉は――これは泰伯に語った蔵碓への印象がそのまま自分に帰ってくる形になるのだが――後輩や年下に対して弱いのだ。強く出れず、しっかりしなければと思ってしまう。
相手の女の子がどこで仁吉のことを知ったのかはわからないが、おそらく年上とか委員長をやっているといったフィルターが掛かっているような気がしてならない。
そう思うと、
(……肩の凝る一日になりそうだ)
という憂鬱がどうしても勝ってしまうのだ。
そんなことを考えながらぼんやりとしていると気が付けばもう八時前である。そろそろ出かける準備をしなくてはと思ったところでふと仁吉は思う。
そういえば、何を着ていけばいいのだろうかと。
坂弓高校は私服校ではあるが、仁吉は市販の紺色のブレザーを着て登校している。そもそも私服校ではあるが、坂弓高校に完全な私服で毎日登校している生徒は意外に少ない。理由は単純で、毎日着る服を選ぶのが手間だからである。
だから大抵の生徒は学生服の店やショッピングモールの洋服店で買った既製品の制服か、制服っぽいズボンとワイシャツを組み合わせて登校してきている。
そういったわけで仁吉も普段は制服しか着ないのだが、仁吉の場合はさらに、休日でもほとんど制服を着ているのだ。
(……というか、高校になってから僕、何回くらい服買った? ほとんど制服で過ごしてないか?)
そう思うと、仁吉は自分が制服以外の服装で出かけた記憶というものがまったくないことに気が付いた。クローゼットを漁っても見つかるのは冬用のダウンやコートばかりだ。
(……もう、制服でいいか)
苦肉の策――というか、ほかにまともな選択肢がないのだが、仁吉は諦めて制服を着ることにした。
そうして洗面所に行くと、妹の仁美が髪を整えていた。
「ごめん、ちょっと一分だけでいいから譲ってくれないかい?」
仁吉は申し訳なさそうに言う。
しかし仁美は仁吉を横目で見て、
「いつも通りでござるな。少しくらい、浮かれたりとかしないわけでござるか?」
と冷たい声で言った。
「もしかして聖火に聞いたのかい?」
無論、今日のデートのことである。
「ええ。世の中にはまあ物好きな人もいるものだと思いましてね。せいぜい、メッキが剝がれないように気を付けてください」
「そうだね。忠告ありがとう。気を付けるよ」
仁美にとってそれは完全に嫌味のつもりだったのだが、仁吉は腹を立てることもムキになることもなく真顔で返した。
「じゃ、私はこれで。もう使わないのでご自由に」
仁美はそう言うと洗面所から出て行った。
仁吉は軽く髪を整え顔を洗うと、リビングに行き用意されていた朝食を食べた。
食べ終えて時間を見るとリビングの時計は八時半を指している。
(ちょうどいいくらいか。ここから『サンタテレサ』までだいたい二十分くらいってところだもんな)
そして仁吉は家を出た。
仁美の言う通り、その顔には浮かれた様子などは微塵もなかった。