sindbad the Sailor
「おはようございます、生徒会長」
泰伯が生徒会室に行くと、そこでは生徒会長の崇禅寺蔵碓がなにがしかの書類に目を通していた。
「ああ、おはよう茨木くん。待っていたよ」
「遅くなってすみません。少し、自分のクラスで用事があったものですから」
「ああ、構わないよ」
「ところで僕だけですか? 左府は……サボりでしょうけど、桂先輩と小林さんはまだなんですか?」
「ああ、二人とも今日は用事があるらしいのでな。それに今日は新学期に向けての軽めの打ち合わせだけのつもりだからね」
「わかりました」
そう言って二人は、おもに新学年のクラスについてや各委員会の昨年度の状況などの共有から始めた。といっても大半は年度末の春休み前に行った会議時の内容と同じような話であり、現状の再確認という意味合いが強い。
蔵碓の言葉通り十分ほどで終わった。
「そういえば、茨木くんは三年の御影くんとはよく話すかね?」
「ええ、まあ。同じ剣道部ですからね。主将がどうかしたんですか?」
「実はだな、どうも、誰かに付け狙われているらしいという相談を先ほどされてな。それも、相手というのが、もしかすると学校の関係者かもしれないというのだ」
「……あまり穏やかな話じゃありませんねそれは。――というか、まさか会長、そのストーカー探しを引き受けてたりとかします?」
じっ、と泰伯が蔵碓を睨む。
何でもかんでも引き受けて自分からオーバーワークを加速させていく蔵碓の性格は泰伯も重々承知であった。
「ダメですよ。会長の真面目さ、正義感は美徳です。だからこそ僕も副会長を引き受けたんですからね。ですが、自分の限界を超えて、遂行できない約束を安請け合いするのは相談を断ることよりもよっぽど不誠実ですからね」
真剣な目で蔵碓を見つめる泰伯。これが、泰伯の心の芯である。出来そうにないことを頼まれたのなら断るということが真摯であるということであり、不用意に引き受けることは不誠実であるというのだ。
もっとも、蔵碓もそのあたりのことは承知しており、そして蔵碓は引き受けたのならば何を押してでもやり遂げるだろうということもまた、泰伯はわかっていた。ただしそのあたりの加減が蔵碓は下手で、引き受けた責任に応じて強引に自分の限界を広げてしまう。それを知っているからこそ、泰伯は時折、このように蔵碓を窘めるのだ。
「わかっているつもりだよ。おそらく、仁吉にも同じことを思われているのだろう」
「そうだと思いますよ」
「だからだろうな。この件は仁吉が代わりに引き受けてくれた。あいつにも自分の委員会の仕事があるだろうに、申し訳ない」
「ああ、そうですか。それならばよかった。南方先輩ならば大丈夫ですよ」
「私もそう思うよ。だが……」
蔵碓はまだ気の重そうな顔をしている。
(引き受けることも断ることも、この人にとっては毒だな)
求められたら断らないのが蔵碓の性分で、その性分に適うように自分を研鑽していった結果、他人からの信頼を得てきた。そしてそれがために、さらに他人から求められるようになってしまった。それはとても気高く素晴らしいことで、同時に、生きづらいだろうと泰伯は思う。
「わかりました。僕も、部活の時とかに気にしておくことにしますよ」
そんな蔵碓を少しでも力付けたい。それが泰伯の想いだった。
**
蔵碓との話が終わって、生徒会室を出た泰伯はこれからどうするかを考えながら、とりあえず教室へ戻った。
たぶんもう誰もいないだろう。そう思っていた泰伯だったが、そこには意外にも彷徨がいた。
「あ、おかえり泰伯ー」
「何してるんだい彷徨?」
「何って言われても……暇してる?」
他に誰もいないのをいいことに、適当な机を三つほどくっつけてベッドのようにしてその上に寝そべっている様は、お世辞にも行儀がいいとは言えない。
「日輪と孝直は部活って出て行ったよー。泰伯もたぶんもう戻ってこないものだと思ってたけどねー」
「そうだね。部活のほうに少し顔を出そうかと思ったんだけど、今日は少し、遠慮しておくことにしてね」
「遠慮?」
「こっちの話だよ。それよりも帰らないのかい?」
弓道部に所属している日輪、将棋部に所属している孝直と違い、彷徨は帰宅部だ。何かの委員会に所属しているわけでもないので、この時間まで学校に居残る理由はない。
「うーん。帰りたいような、もうちょっとだらだらしてたいような。そんな感じー」
「なら、僕は先に変えるぞ」
彷徨はいつもこの通り気まぐれで、付き合っていると下校がいつになるかわからない。
彷徨も彷徨で、特に待ってくれとか、暇つぶしに付き合ってくれとは言わなかったため、泰伯はそのまま教室を出た。そこに、また別に知り合いがいた。