foolish talk
戦いの炎が 私の涙の泉を枯らして
哀しいことを 哀しめない
血の赤が 私の世界を彩って
恐れを悦楽へと変える
だから、私の心はこんなにも 幸せに満ちあふれている
――恋をしたいと思う。
別に好きな人がいるわけじゃない。
特段、理想のタイプとかがあるわけでもない。
まあ、恋に恋するお年頃というやつなんだろう。恋というものに憧れて、そういうものに夢中になっている誰かを羨ましいと感じるんだ。
そう――激烈に、情熱的に、破滅的に。それ以外のことを考えられなくなるくらいにそれに狂ってしまいたいんだ。
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その日――悌誉が転生鬼籙に関わる前世騒動を起こした翌日、学校には色々な噂が飛び交っていた。
主に先日の騒動のことである。といっても、蔵碓ら検非違使が記憶処理や破損物の修復などに取り組んでいるためそれを覚えている生徒はいない。検非違使は今までもこうして、怪異や異能にまつわる騒動が起きた時にはその痕跡を消してきた。『怪異の実在を人々に知られてはならない』というのが検非違使の方針だからだ。
とはいえ昨日の騒動は流石に規模が大きすぎた。そもそも坂弓市における検非違使の実働部隊はあまり数がおらず、そのため、記憶には残らずとも昨日起きた騒動の一部が強く印象に残ってしまった生徒もいたのである。
「だからさ、やっぱ政府は何かを隠してるわけよ。終戦間際に凍結されたはずの対戦車、対戦闘機用の生物兵器の実験は今もこの町でひそかに行われていたに違いないって!!」
「いや、私は催眠電波説を推すでござるよ聖火姉。いざことが起きた時に国民を兵士にするための洗脳電波がすでに発明されていてその性能実験が行われたのが先日のことの経緯なのです!!」
「いーや、生物兵器に決まってるじゃない。だってでっかいカエルがグラウンドを爆走してたって話もあるのよ。何をどう見間違えたらそんな話になるわけよ?」
「ですが狂ったように首、首と叫びながら暴れている生徒がいたという話もあるでござるよ」
「じゃあまさか……生物兵器と洗脳電波、どっちも本当ってわけね!!」
「そ、そんな……。この国はいったいどうなってしまうのでござろうか!?」
風紀委員の副委員長、二年二組の花屋敷聖火と風紀委員の一年生、南方仁美は朝から廊下でそんな話で盛り上がっていた。
そして、
「…………」
その光景を、風紀委員長の雲雀丘紀恭は物憂げな眼で見つめている。
紀恭は二人との付き合いが長く、二人がこういう話に目がないのは知っていた。しかし、付き合いの長さをもってしても、二人がどのくらい真剣にこういった安っぽい陰謀論のような都市伝説について語っているのかがわからないのである。
そんなことはあり得ないと理解した上で、そういう野暮を口に出さずに――世界には隠された真実があるという風に推測して話しているのならばそれでよいのだ。
問題はこの二人が、もしかしたら大真面目にそういうことを考えているかもしれないというところだ。
高校生にもなってという気持ちはあるのだが、それはそれとして紀恭はなまじ付き合いの長い分、もしかしたら本気かもしれないという恐ろしさも感じていた。
その時、一人の女子生徒が紀恭の肩を叩いた。
「おはよう、キョーちゃん」
「ああ、おはよう琉火さん」
紀恭をキョーちゃんと呼ぶ、琉火と呼ばれた少女は紀恭と聖火のクラスメイトである南茨木琉火だ。市販の黒いセーラー服を着たロングヘアーの少女で、紀恭とは一年生の時からの友人である。
「しかしキヨちゃんは相変わらずだね。ああでも、キョーちゃんとしては気の合う相手が出来たから付き合わされなくなってよかったって感じかな?」
都市伝説に花を咲かせている二人を見ながら琉火は聞く。
「いや、この二人は昔からこんな感じだ。仲がいいのは良いことなのだが、その、たまに心配になってくる」
「キョーちゃんはキヨちゃんのお姉さんみたいだね」
「気分はそんな感じだな。妹がいるというのはこんな感じだろうか?」
紀恭は同意を求めるように琉火に聞いた。琉火には妹がいることを知っているからだ。
「んーん、たぶん違うと思うよ。少なくとも私の妹はキヨちゃんよりしっかりしてるかな。頼もしいんだけど、私のほうが怒られてばっかりでさ」
「おや、琉火さんほどのしっかり者が怒られてばかりとは」
紀恭は少し驚いたような顔をした。
琉火は、少なくとも学校での姿は、提出物も授業態度も真面目で教師受けがよい。それでいて社交的で誰とでも気軽に話す性格である。教師も含めて他人に言動を注意される姿というものを紀恭は見たことがないし、そういう光景が想像出来なかった。
「ま、色々とあるんだよ私にも。学校はさ、真面目にしてなきゃいけない場所じゃない?」
琉火はそう言って笑った。含みのある笑みである。
「まあ、それはそうだが」
「だからさ、無理のない範囲で真面目なフリをしてるわけ。そうしておいたほうが快適だしね」
「そういうものか?」
「キョーちゃんみたいな根っから真面目な子には関係のない話だよ。ああでも、安心して。真面目なフリは良くするけど、楽しいフリはしたことないから。だからこうしてキョーちゃんと話してるのは、私が好きでやってることだよ」
そう言われて紀恭は嬉しそうに、
「そうか。ありがとう」
と言って破顔した。