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BARBAROI -鬼方の戦士は八徳を嗤う-  作者: ペンギンの下僕
chapter2“a*en**r b*ea*s *ein**r*ation”
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dear my sister_4

 一休みして目を覚ますと時刻は五時半を少し回ったところだった。

 蒼天が体を起こすと、その横で桧楯がちょこんと座っていた。


「どうしたヒタチ?」

「……どうしたじゃないッスよ。蒼天さんが全然起きないからずっとこうして待ってたんじゃないッスか!!」

「律儀じゃのそなた。ところでヤスタケどのは?」

「もういないッスよ。妹さんのところに行くって言ってましたね」


 実にわかりやすい説明だった。

 事前に玲阿の無事は伝えたが、やはりことが落ち着いたなら自分の目で確かめたいというのは当然のことである。


「んじゃ、余も帰るとするか」


 立ち上がった蒼天はふと思い付いたことがありポケットから財布を取り出す。

 しばしその中を、穴が空きそうなくらいに凝視してから、桧楯のほうをゆっくりと見た。


「のう、ヒタチ」

「な、何スか?」

「……お金、貸してくれんかの? 出世払いで」


 その目があまりにも切実で、情に訴えかけるようなものだったので桧楯はとても断れなかった。


「……千円くらいでいいッスか?」

「……出来れば、もうちょい」


 結局、キリのいい金額を持ち合わせていなかった桧楯は蒼天に五千円札を渡すことにした。


 **


 日が暮れて、悌誉は信姫と別れた。

 信姫は最後まで名残惜しそうなことを言って笑っていたが、あれ以上信姫の膝で寝ていると戦闘の影響と違うところで心身に不具合を起こしそうだったので逃げるように去ってきたのである。

 そしてこれからどうするかと考えながら学校を出てふらふらと歩いていた。

 しかし――。


「気がつけば、ここか。染み付いた日々の習慣というのは恐ろしいな」


 悌誉は今、自分が借りているアパートの前にいた。

 そしてぼんやりと自分の部屋を眺めている。

 今いる場所から見えるのは裏側で、窓の奥には明かりが見える。


(……蒼天は、帰ってるか)


 そう思うと入るかどうか少し迷った。

 しかし、部屋の扉が急に開け放たれ、中から黒い煙が吹き出てきたのを見てそんな逡巡は一気に消し飛んだ。

 慌てて部屋のほうへ走り、鍵を開けて中に入るとそこには――。


「む、むう。しまった、少しやらかしたかの。こうなれば悌誉姉が帰る前に証拠隠滅を……」


 キッチンのグリルの前で、丸焦げになった魚を前に咳き込んでいる蒼天の姿があった。


「……何してるんだお前?」


 思わず悌誉はそう口にしていた。

 その時の蒼天はとても気まずそうな顔をしていた。


「あ、あー。おかえり、悌誉姉」

「……焦がしたのか?」

「いや、その、あの……そ、そうじゃ。ほれ、さっきのこともあって悌誉姉が入りづらいかもと思って部屋から狼煙をあげようかとじゃの」

「どう考えても今思い付いた言い訳だろ」


 悌誉はとても冷静だった。


「で、本当は?」

「……その、悌誉姉を探すために好物の秋刀魚を焼いて」

「蒼天……」

「秋刀魚の匂いを漂わせながら悌誉姉が寄ってくるまで町中を練り歩こうかと」

「……私は猫か何かか?」


 少ししんみりとしかけた雰囲気を蒼天は一気に台無しにした。

 確かに悌誉は、秋になれば週五で焼くほどに好きに秋刀魚が好きなのだが、だからといって匂いがしただけでふらふらと引き寄せられるという訳ではない。


「ま、杞憂であったようじゃがの。余、楚人じゃけど」

「わかりにくいボケをするな」

「しかしまあ、考えてみればいらぬ心配であったの。そもそもここは悌誉姉の借りとる部屋じゃし――悌誉姉の帰る場所はここしかないのじゃからの」

「……そうだな」


 今まで――家族が死んでからの悌誉はそんな風に考えたことはなかった。

 父や兄と暮らしていたところだけが自分の家であり、部屋を借りてはいてもそこが自分の居場所だと感じたことはなかった。

 けれど今、蒼天の言葉に頷けるのはきっと、蒼天がここに居てくれるからである。


「さ、何はともあれまずは食事じゃ。夕飯、たんまりと作ったからの」


 蒼天の言うとおり、食卓の上には大量の料理が並んでいた。

 鳥の天ぷら、茄子の素揚げ、麻婆豆腐。すべて悌誉の好物である。

 炊飯器には米もたっぷり三合はある。


「……流石に作りすぎじゃないか?」

「……すまぬ。少し調子に乗ってしまった」


 悌誉の食事量は人並みだし、蒼天は少食なほうだ。この上、焦げた秋刀魚もあることを考えると二人で食べきれる量ではない。

 しかし悌誉は、


「いや、いいさ。折角用意してくれたんだ。ありがたくいただこう」


 そう言うと座布団に座り、手を合わせた。


「ま、そじゃの。余も作った者の責任としてちゃんと食べることにしよう」


 そう言うと蒼天も座った。

 そして二人は無言で大量の夕飯を食べ続ける。

 暫くして、食卓の料理が半分ほどなくなった頃、ふと悌誉が口を開いた。


「ところで蒼天……。その、今日のことだが……」


 そう言いかけたのを蒼天は手で制した。


「食事の最中にそういうのは無粋じゃ。余はの――悌誉姉が帰ってきてくれたのならばそれだけでよいのじゃ」


 それは蒼天の素直な言葉だった。

 そして今の二人には、それ以上の言葉はいらなかった。


「そういえば、ちゃんと言ってなかったな。――ただいま、蒼天」

「うむ。では改めて――おかえり、悌誉姉」

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