is she savior or not?
最初に蒼天を見た悌誉の印象は、小汚なくて生意気な赤毛の小学生、だった。
『なんだ、家出か?』
正直あまり興味はなかったのだが、なんとなく悌誉はそう聞いた。
『ここが余の家じゃ。何か文句があるのかの?』
薄汚れた服、ぼさぼさの髪で、しかし蒼天はふてぶてしくそう返した。
『本気か? お前みたいな子供がホームレスとか、世も末だな』
『子供ではない。余は十四歳じゃからの。世が世ならとうに成人しておる歳じゃぞ』
『頭江戸時代か? だいたいなんだそのふざけた一人称は? そんなナリでどこの御大尽のつもりだ?』
『余は余じゃ。三国蒼天という立派な名前がある。それでおぬしは余に何用があって来た?』
『……お前に用事なんてない』
『なら疾く失せい。余の就寝の邪魔じゃ』
そう言うと蒼天は草むらの中から寝袋を取り出した。ここで暮らしているというのはどうやら本当らしい。
『……なんでこんなところで生活してるんだ?』
『知ってどうする? どうせ何もしてくれぬか、通報でもするのであろう? 警察沙汰は面倒じゃから勘弁してくれ。また新たな寝床を探すのは骨が折れるからの』
『なら――うちに来るか?』
何故そんなことを言ったのかは悌誉にも分からなかった。そして今に到るまでわからないままだ。
しかし言ってしまったことは事実で、その提案に蒼天は目を細めた。
『同情か? 余はそんなものはいらぬぞ。別に困ってもおらんしの』
『……そういうのじゃないよ。たぶん』
『じゃあなんじゃ、家賃は体で払えとでも言うのか? そういう手合いはたまにおるがそなたのような若い女は初めてじゃの』
やはり世は末かもしれないと悌誉は思った。
しかも蒼天はそれを、また家にネズミが出た、くらいの軽さで話している。
『私にそういう趣味はない。私は、一人暮らしの天涯孤独という奴でな。家に帰って一人というのが……少し、寂しくてな』
『ふーん。おぬし、苦労しとるんじゃの』
悌誉に気を遣うような口振りである。その言葉には余裕があった。
如何に悌誉が天涯孤独と言えど親の遺産や保険金で生活は出来ているし屋根のある寝床もある。客観的に見れば間違いなく蒼天の境遇のほうが不憫だろう。
しかし蒼天はそんな様子をおくびにも出さない。いや、そもそも自分の置かれているこの状況を不幸と思っていないのだ。
『ま、そういうことなら行ってやってもよいぞ』
蒼天はどこまでも不遜だった。
しかしその時、蒼天がそう言ってくれたことで悌誉は間違いなく救われたのだ。
それからの一年半ほどは悌誉にとって幸せな時間だった。
苦しみ、悪夢、魂を焦がすような怒りの炎。それらから解き放たれて日々を楽しめた。
しかし高校三年生に上がる少し前からまた悪夢にうなされるようになった。悪質さは日ごとに増していき、狂気に押し潰されそうな日々が続いた。
御影信姫が悌誉の前に現れたのはそんな時のことだった。