風林火山陰雷_2
それは不思議な攻撃だった。
規模の割に音はほとんどなく、静かに、そして一瞬にして場に広がっていった。
まさに風のように速く林のように静かで、そして雷火のように激しい一撃である。
敵も味方も関係なしに、蒼天が喚び出した兵士も、悌誉が喚んだ骸骨の兵士もまとめて消滅させている。
そして泰伯は、全身にその攻撃を受けてぼろ雑巾のようになり地に倒れ伏していた。
蒼天の乗っていたチャリオットは跡形もなく崩れ去り――しかし蒼天は傷の一つもなかった。
桧楯が蒼天の前に立ちはだかり、その攻撃を受け止めたからだ。
構えた楯には傷一つない。そして桧楯にも。にも関わらず、桧楯は全力疾走した後のような激しい息切れを起こし目に見えて憔悴していた。
「ひ、ヒタチ……?」
悌誉の攻撃が当たったとは思えない。だが桧楯は顔色からして明らかに悪かった。
「ご、ごめんなさい。私は、どうもこれまでっぽいッス……」
「…………」
そう言って桧楯はその場に崩れ落ちた。
その体を抱き止めることもせず、戈一本を作り出して悌誉に向かって走っていく。
ここで桧楯のことを気づかい少しでも足を止めてしまうのは、それこそが桧楯の覚悟を無駄にすることだと感じたからだ。
今の一撃で、悌誉と蒼天の間を遮るものはなくなった。ほんの数歩寄れば戈が悌誉に届く距離である。
(大技の直後は隙も大きくなるのが定石のはずじゃ!!)
その推測に望みを賭けて全速力で駆け出す。
しかしそれはあっさりと打ち砕かれた。
悌誉の鞭が伸び、戈に巻き付いてあっさりとそれを奪いとってしまう。
その背後では炎の巨人が大剣を振り上げていた。
「――さよならだ、蒼天。今まで、お前と過ごす毎日は楽しかったよ」
振り下ろされる直前に悌誉が口にしたのは、復讐者として仇へ向ける怨み言ではなく、仮初めと言えど姉としての言葉だった。
そして刃が振り下ろされる。
それは蒼天にはどう足掻いても受け止められる一撃ではない。それでも楯を作り出して受け止めようとする。
その直前に僅かに見えた悌誉の顔は――。
「……この、馬鹿姉め」
思わずそう毒を吐かずにはいられないような顔をしていた。
その顔を見てしまったからこそ、死にたくないと強く思った。しかし迫る現実は残酷で、凶刃はもう間も無く蒼天に届こうとしている。
その時だった。
刃が、蒼天の体に届くか届かぬかというところでピタリと止まった。
止めたのは泰伯だ。
全身ボロボロになって、右腕一本でありながら、しかしすんでのところでその一撃を食い止めている。
「ヤスタケどの……。おぬし、よくそんな無茶を……」
悌誉は信じられないようなものを見るような目で泰伯を見ている。
助けられた蒼天でさえ疑いの眼差しを向けていた。
生きていると思っていなかったし、仮に生きていたのならばそのまま寝ていればよいのにと思うほどにその体は満身創痍である。
しかし泰伯は、そんな蒼天の視線を――それ自体が侮辱だとでも言わんばかりに突き放した。
「覚悟を決めろと言ったのは、君だろう……? 僕はそれに応じたんだ。そして、命を賭けると決めたんだよ……」
炎の巨人の力が増す。いつ押し負けても不思議でない状況で、しかし泰伯は耐えていた。
「いいかい、三国さん。命を賭けるって言うのはね……。全力でやって死んだなら、約束を果たせなくても許される、なんてものじゃないんだ……」
そして口を止めない。
それを語ることこそが、一番大事なのだと言わんばかりに。
「誓いを成せずにただ死んだなら、それは犬死だ……。嘘つきだ。そんな風になるのは――真っ平なんだよ!!」
そう語りながら、その手に持つ剣には黒い風が纏い初めていた。
泰伯の気迫に圧倒され、言葉を発することの出来ない蒼天に向けて、そこで泰伯は顔だけ蒼天のほうに向けて年上らしい穏やかな笑みを浮かべた。
「それに――君は玲阿の友達だからね。君に何かあったら僕は妹に会わせる顔がないんだ」
そう言うと泰伯は、右腕一本で逆袈裟懸けに剣を振り上げた。
「破軍風刃――!!」