burning them out
悌誉の髪は血のようなおどろおどろしい朱色に染まり、服は左前の真っ白な打掛に変わっていた。
しかしそんな変化など些事に思えるほどのことが起きている。
悌誉の周囲には、百を優に越える矛を手にした骸骨の兵士が現れた。そしてその背後には、鎧を纏い大剣を持った巨大な、全身が炎に包まれた戦士が出現したのである。
戦士といっても存在するのは上半身だけで下半身はない。そして、上半身は宙に浮いて悌誉を守るように控えている。
その纏う兜には二本の角があり、まさに鬼を彷彿とさせる見た目をしていた。
「き、きめいかいごん……? ごししょ……? いったい、何なんスかあれ?」
『まあ、うん。やっぱり伍子胥か……。それで、これは君としてどうなんだい、三国さん?』
その異様さに桧楯と泰伯は呑まれている。
蒼天一人だけが神妙な顔でそれを見つめていた。
そして、二人に下知を始める。
「ヒタチ。おぬしはこれから、余を守ることだけを考えよ」
「……了解ッス」
「そしてヤスタケどの」
『なんだい?』
「おぬしには、悌誉姉の炎のラインの制約を暴くことに注力してもらう」
『わかった。任せてくれ』
「あ、蒼天さんはどうするッスか? あの骸骨の兵士たちがいるとなると制約を暴くだけじゃきついと思うッスよ」
桧楯の指摘は間違っていない。先ほどまではまだ蒼天たちに数の利があった。しかし今やそれも失われている。
しかし蒼天は落ち着いている。
「一分持たせよ。――余の切り札を使う」
そう言った時だった。
骸骨の兵士たちが大挙して蒼天たちのほうへ迫ってきたのである。もう猶予はあまりない。
泰伯は骸骨の兵士を切り払いながら悌誉の動きに注力している。
チャリオットから来る弓の援護である程度、泰伯のところに来る前に倒されてはいるがゼロというわけではない。
今の泰伯は隻腕であり剣を振るうのも普段ほど安定はしない。加えて骸骨の兵士たちは、一体一体ならば容易く勝てる相手ではあるが連携をしっかりとしてきているのでそれなりに厄介だ。
その上で悌誉の炎のラインにも警戒しつつ、その制約まで解明しなければならない。
一分持たせろと蒼天は言ったが泰伯にとっては果てしなく長い時間に思えた。
『……ところで、いいのかい三国さん?』
しかしそんな状況でも泰伯は蒼天に問いかけた。いや、こんな状況だからこそだ。
「会話とは余裕じゃの。どうした?」
『切り札、使いたくないって言ってなかったかい?』
泰伯は別に、蒼天が死んでもそれを使いたくないというのならそれはそれで構わないのだ。ただ、直前でそれをされては困る。だから一応、確認だけはしておきたいと思った。
「まだ使いたくないと言っただけじゃ。今ならばよい」
『なるほど。ならそれを信じるよ。疑うようなことを聞いてごめんね』
「よい。ヤスタケどのの懸念はもっともじゃからの。しかし余も腹を括った。その分、おぬしらにも覚悟を決めてもらうぞ。使えば最後、もう本当の本当に――後には退けぬからの!!」
『ああ、それはもちろ――ッ!!』
その時、骸骨の兵士が泰伯の右肩を矛で刺した。
炎のラインに意識を割きすぎていたその隙を突かれたのである。
泰伯の手から剣が落ちる。右手に力は入らず、足だけで対処しなければならない。
そして――。
「危ないッ!!」
桧楯が叫び、蒼天を抱き抱えてチャリオットから飛び降りる。その直後に炎のラインが走りチャリオットは完全に炎上した。
「終わりだ蒼天――。諦めて帰れ。そうすれば殺しはしない」
悌誉が冷酷に告げる。確かにその言葉の通り、もはや蒼天たちに勝機はないかに見える。
だが蒼天は、
「嫌じゃの。悌誉姉が呉の復讐鬼となると尚更、余は退くわけにはいかぬ」
と、額に汗を浮かべながらも口元に笑みを作って無理矢理に笑った。
「なんだと?」
その言葉に悌誉は眉をひそめる。
「その魂に刻まれし罪は余のものじゃからの。おぬしが背負う必要のない咎に苦しみ、このような蛮行に走ったというならば座して眺めているわけにはいかぬ」
「……おい、待て蒼天。まさか、お前…………」
「ましてそなたはあの伍挙と伍参の裔であろう? 遺徳を三代に残すことの出来なかった愚昧の王と言えど、覇業に尽くした者の子孫をこれ以上苦しめるほどに暗愚ではない」
伍挙、伍参という名。覇業。
それで泰伯と悌誉は蒼天の正体――前世の名を悟った。
「悌誉姉の怒りごと、余の覇道の業火で焼き潰してみせようぞ!!」
そして蒼天は告げる。
かつての自らの名を。
大陸に覇を轟かせた“鬼の名”を――。
「鬼名解魂――荘王熊侶・覇軍北伐」