encounter with my tigers_2
『Nuuuuuuuuuuuu!!!! Waaaaaaaaaa!!!!』
怪獣の咆哮が激しさを増す。
それを見てなお、信姫は優美な笑みを浮かべていた。
「相変わらずですね、“ターグウェイ”。そんなにも、私が憎いですか?」
ターグウェイ。信姫は怪獣をそう呼んだ。
ターグウェイは信姫を前にしたことで怒りが増したらしく、いっそう猛々しくなって暴れ始める。
「元気ですね。飛花落葉でそれなりに消耗しているはずなのにまだそんなに動けるなんて、流石は天柱の四足の持ち主です」
『Nuuuuuuuuuuuu!!!! Waaaaaaaaaa!!!!』
先程までの掌による叩き付けではない。ターグウェイは拳を握り、何度も信姫を狙う。しかし信姫は羽根のような軽やかさで飛びはねながらそのすべてを躱していく。その動きの優美さはさながら舞いのように軽快で、そしてしなやかだった。
「持久戦は無理のようですね。やはりどうも、私の宝珠と貴方の力とでは相性が悪いようです。ですので――」
そう言って信姫は足を止めた。
ターグウェイの拳が真っ直ぐに信姫目掛けて振り下ろされる。それに対して、信姫は右手一本で持っている刀を、縦に振り下ろした。
「真っ向から切り伏せることにしましょう」
地面が揺れた。
ターグウェイの体が、唐竹割りに両断されて地に沈んだ。
信姫の持つ刀は常識的な大きさの太刀であり、どう考えてもターグウェイの巨躯を斬ることなど出来ないはずだが、信姫はそうなるのが当然というような澄ました顔でいる。
そして、もうターグウェイには意識も向けず、倒れている仁吉の元へと向かった。
空には未だ、赤い空が広がっている。
おそらく信姫が出したらしい枯木から落ちた、生気を失った桜の花びらが夜に舞っている。
「随分と手酷くやられましたね、南方くん」
「……御影さん。これは、どういうことかな?」
全身の骨が折れていて、口の中からも出血している。脳震盪も未だ収まらない。喋ることさえ辛い中で、それでも仁吉は聞かずにはいられなかった。
「あの怪異の名はターグウェイと言いまして、私をずっと付け狙っているのですよ。南方くんは、今日一日、私と一緒にいたので輩と思われたのでしょうね」
悪びれもせず信姫は言った。
「……あれが何かとかは、今はどうでもいいよ。聞いても、理解できる気がしないからね。それよりも……別に君、護衛なんかいなくても、あいつに、勝てたじゃないか? なのにどうして、蔵碓に相談なんかしたんだ? まさか、蔵碓を巻き込むことが、目的だったのか?」
「いいえ。巻き込むことが目的だった、というのは否定はしませんが、その相手は崇禅寺くんではありませんよ」
「…………まさか、標的は僕だった、とか、言わないよね」
「ご明察です」
「……僕が、君の護衛をすることになったのなんて、ただの成り行きじゃないか?」
「そうですね。ですが、自然な成り行きですよ。貴方と崇禅寺くんが二人でいる時に相談を持ちかければ、普段から崇禅寺くんのオーバーワークを気にかけている貴方は名乗り出るはずだと思いましたし、実際にそうなった。実に――初歩的なことですよ南方くん」
「……なるほどね。それで、わざと庇う演技までして、その上で、本気を出して自分ですべて片付けてしまうなんて、いったい、君は何が目的なのかな?」
「ふふふ。いずれわかりますよ。ではまた、次に会う時までごきげんよう」
そう言い残して、信姫は去っていった。
その背中を追うことすら出来ず、仁吉の意識は闇の中へと消えていった。その直前、最後に仁吉が見たものは――。
(……また、虎か。それも、なんか黒くて不吉そうだし。まったく、なんだって僕はこんなに虎の幻覚ばかり…………)
**
「……不可解だ。狐にでもつままれたかな?」
次の日の朝、仁吉は自宅の洗面所の前で、じっと鏡を見続けながら自問自答していた。
「どうしたでござるか兄上? 昨日の夜遊びがまだ尾を引いておられるか?」
「……まあ、そうとも言えるかな?」
「とりあえずそこを空けていただこうか。朝は私も時間が惜しいので」
妹の仁美に押しのけられてようやく仁吉は洗面所から離れた。そして改めて、昨日の夜のことを考える。
ターグウェイという怪獣に襲われて、日本刀を持った信姫がそれを撃退して、そして信姫はすべて仕込みだったと言った。
それからのことは仁吉の記憶にはないのだが、家族の話だと夜の一時くらいに家の前で寝ていたらしい。
しかも、この夢か空想のような話の証拠となり得る仁吉の体の怪我は完全に消えている。治っているだけでなく傷跡すら残っていない。
(やっぱり、夢でも見たのか?)
とてもそうとは思えないが、そうだったほうが幸せかも知れないとも仁吉は思う。そんなことを考えながら、夢うつつのまま学校に向かった。
まだ慣れない新教室に足を運びながら、もしかしたらこのまま、御影信姫という生徒の存在すら消えているのではないかという気がした。
「あら、おはようございます。南方くん」
気がした直後、後ろからかけられた声で、その仮定は一瞬にして否定された。
信姫は少しだけ驚いたような顔をしていたが、すぐに優美の仮面を被り、何事もなかったかのように仁吉に話しかけてきた。
「……次に会う時まで、っていったいらなんだったんだい?」
「また明日、くらいの意味ですよ。せっかくですのでそれらしくしてみようと思いまして」
「しらばっくれるつもりもない、と。なのによくそんな風に話しかけてこれるね」
「別にいいではないですか。クラスメイト同士、仲良くしましょうよ」
「……せめて、嘘でも知らないフリくらいしてくれたら、僕としても昨日のことを無理やり悪夢と片付けられたかもしれないんだけどね」
「そんなことはしませんよ。これからの貴方の人生は、昨日のことが微風だと思えるようなものになるでしょうからね」
「……それは、とんだ人生だ」
気重そうな顔をする仁吉を見て、信姫は微笑した。
「呪うならその魂を呪ってください。では仁吉くん――頑張ってくださいね」
その顔がとても優しくて、心の底から仁吉を激励しているような気がして。仁吉を取り残して教室に消えていった信姫の背中を眺めながら、仁吉は呟いた。
「……最悪だ」
明日からはあらすじに書いた通り、平日十二時、土日祝の十二時、十七時投稿となります。
長さは話の区切りやストックと相談して1000~2000文字くらいになります