the worst isn't over
蒼天たちが悌誉と交戦を開始した頃、仁吉はようやく少し体力が回復していた。
といっても肺を斬られていることにも左腕がないことにも変わりはないのだが、かといって座して待っている気にならなかったのだ。
何よりも、
「あら、もう行くのですか? その体で随分と頑張るのですね」
隣で拘束されたままの凰琦丸といつまでも同じ空間に居たくないというのも大きな理由ではある。
「……そんなのは、僕の勝手でしょう。この学校には、身内もいますからね」
それもまた仁吉の本心だ。
仁美と聖火のことが気になっている。既にこの騒動が起きてからそれなりに時間が経過しているので、二人の身に何かが起きているとしたら手遅れかもしれない。
それでも、ここでじっとしていていい理由にはならない。例えそれが何の役にも立たない仁吉の自己満足だとしてもだ。
「それならば止めるわけにもいきませんね」
そしてそんな仁吉に凰琦丸は、励ますように、応援するように優しく微笑みかけた。とても先ほどまで仁吉を悪党呼ばわりして殺しにきていたのと同じ人物とは思えない。
それでいて浮かぶ微笑は戦いの中で見せたそれと同じなのだから、とことん質が悪いと仁吉は思う。
「……二人に、何かあったら、貴女のせいですからね。貴女に、絡まれてなんかいなければ……こうも不毛で、悪夢みたいな時間を、過ごすこともなかったんですから」
せめてもの仕返しとして仁吉は、恨みの眼差しをたっぷりと込めて凰琦丸を睨む。しかし凰琦丸はまるで堪える様子はない。
「ところでついでに一つ、少し心に留めておいてほしいことがあるのですが」
「嫌だよ!! というかよくこの流れで僕が聞き入れると思ったな!?」
叫んで、また肺に激痛が走る。その痛みに対しても段々と慣れを覚え初めていた。
嫌な慣れだと思わずにはいられない。
「もし『彼』……ああいえ、もしかすると今は『彼女』かもしれませんね。その相手に会うことがあれば遊んであげてください」
「人の話聞いてたかお前!?」
「かつて、私を斃した者ですよ。きっと今世でも何処かにいるでしょうし、遊び相手を探していることでしょう」
その言葉に仁吉は僅かに反応した。
「……ちなみに、どんな人なんだいそれ?」
決してその頼みを聞き入れてやろうと思ってのことではない。特徴だけを聞いて、それに合致する者がいれば全力で避けて通ろうというのが仁吉の腹だ。
なにせ仁吉と泰伯が二人掛かりで死力を尽くしてやっと拘束出来た凰琦丸である。それも、圧倒的な実力差があり、僅かな勝率を運良く引き寄せられたに過ぎないような相手だ。
次にやれば同じ条件でも間違いなく負けているだろうし、あと千回同じことをして何度同じ結果になるかもわからない。
仁吉にとって淼月凰琦丸とはそれほどの相手である。
そんな彼女を負かした存在がいるなどと俄には信じられないし、本当にそんな者がいるのだとすれば何がなんでも関わりたくはない。
「その相手はですね――」