fire of vengeance_2
「さて、ところで二人には今のうちに断っておかないといけないことがあるんだけれど」
泰伯は剣を構えながら二人のほうをちらりと見た。
「ヤスヨさんと言うのが彼女のことなら、僕は一つあの人に借りがあってね。次に戦う時にそれを返すと約束してしまったんだ」
「……借りッスか?」
「今さらそういうこと言う?」
怪訝な目で見られて泰伯は少し申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。前に戦ったときは顔を隠していたし名乗ってもらえなかったからさ」
「うん、まあそれはいいんじゃが……なんと約束したのじゃ?」
「――一度だけ、三舎退くと」
桧楯にはそれが何のことかわからなかった。
しかし蒼天は意味を理解し、深くため息をつく。
「故事マニアかおぬし? 過去の偉人の言動を真似たとて自分が立派な人間になれるわけではないぞ? 燕王噲然り、王莽然りじゃ」
「そんなつもりはないさ。ただこれは僕の譲れない義理というだけだよ」
迷いのない言葉だった。
蒼天は少しだけ考え込む。しかし蒼天の経験上、こういう手合いに対して自分を曲げさせるのは骨が折れる。そして無理に妥協させようとすれば余計に厄介なことになる。
(今のところ、悌誉姉は『アレ』を使うつもりはないらしい。ならばこちらは数の利で押し込んでとりあえずその義理を果たさせ、そこから仕切り直すとするか)
そう考えて蒼天はもう一度、今度はわざとらしく深いため息をついた。
「わかった。こちらは助勢してもらっておる身じゃ。余とヒタチで援護してやるゆえ、好きにせい」
「すまないね」
「え、あの……。二人だけでなんかわかんない言葉使って会話するのやめてくんないスか? 結局、私は何しろと!?」
会話から置き去りにされた桧楯は泰伯と蒼天のほうを交互に見ながら顔を真っ赤にしている。蒼天はそんな桧楯を宥めるように、
「気にするな。ヤスタケどのを主攻として余たちで援護する。それだけじゃ」
と言った。
「作戦会議は終わったか!?」
悌誉はそう叫ぶと三人に向かって鎖の鞭を振るう。
「うむ、では行くぞ!! 来い――騎匣獣!!」
蒼天がチャリオットを召還する。今回は左右の兵士はおらず、蒼天が手綱を握り後ろに泰伯と桧楯を同乗させる形だ。
蒼天はそのまま、真っ直ぐ悌誉へと突撃していく。迫り来る鎖の鞭は泰伯と桧楯が防いでいた。そうしてあっという間に悌誉に迫る。
しかし、
「孫家駆式“拙速”」
悌誉が叫ぶ。
それと同時に走り出した悌誉の速さは、換装により強化されていると考えても速く、蒼天のチャリオットと遜色ない。
「ほう、『孫子』じゃな。触りしか読んでおらぬ余でもそれくらいはわかるぞ!!」
「“兵は拙速を聞くも巧久を聞かず”ですか」
「確かそんな内容じゃったの。しかし悌誉姉が孫子オタクなのは知っておったがまさかこんな風に使えるとは思いもよらなんだ!!」
「……兵法書ベースの術式ッスか。こんなの初めて見たッスよ!!」
そう話しながら蒼天はチャリオットを駆り悌誉を追う。しかしその距離が縮まることはない。
そして、悌誉の足が止まる。両手を振るって鞭を操り――チャリオットを曳く馬の眉間目掛けて先端の刃を放った。