将不可以慍而致戦
これは、私ではない「私」の記憶。
かつて、中国を震え上がらせた復讐鬼の経験。
父を、兄を理不尽に殺された。仇は一国の王。それでも、かならず無念を晴らすと心に決めた。
追われ、餓え、病に苦しみ、それでも生きて他国へ逃げた。
使えるものはなんでも使い、できることはすべてした。自分にとって都合のいい、野心と覇者たらんとする気概をもった王に仕えるために王位簒奪に力を貸した。
そして――かつての祖国の首都を落とし、すでに死んでいた仇の墓を暴いて、その屍を三百回鞭うった。だが――完全にその国を滅ぼすことはできなかった。
「このあたりが潮時ではないかな」
客人であり、そして――「私」の無二の友でもある彼はそう言った。
「兵を用いるの法は国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ、だ。我らは勝ったがそれは戦の末でのことだ。貴殿は滅ぶまでやりたいのだろうが、はっきりと言って今の我が国にそれは無理だ。国としての地力が違う。貴方の寿命のうちにそれは為せない」
「そんなことはない。私は、かならずやりとげてみせる!!」
「――敵味方に、数多の屍を重ねた果てにか?」
彼は厳しい口調で言った。
「悪王が奸臣の言葉に耳を傾けた果てが今の私だ。あの国の兵が、民が死ぬのはこれすべて悪王の暴政の報いです」
「――なるほど。やはりあなたは、私の兵学を何も理解していない。ならば、私はここで降りるとします。あとは貴方の好きなようになさるといい」
その時の彼は――とても、悲しそうな顔をしていたような気がする。
「最後に一つだけ、友として忠告しておきましょう。今の我が国の王が死に、代が変わる時にまだあなたが生きていたならば――その時こそ復讐をあきらめて野に下り、父兄の宗廟を守ることを孝悌として生きていかれるがいい」
それが友の最後の言葉だった。
しかし「私」は、その忠告を聞き入れなかった。そうして、次代の王に疎まれた挙句、奸臣の言葉に耳を貸した王によって自害を命じられ、死体は江へ捨てられた。
思えば、彼は「私」の末路を悟っておられたのだろう。復讐心のほうが勝るとわかっていて、それでも友として、生きてくれと言ってくれた。
そんな自分の愚かさを受け入れた上で――。
「にくい」
やはり、私の心を支配するのはそれなのだ。
もはや時代も地域もまるで違う場所にいながら、それでも、ひたすらに許せないという憎悪が心を支配している。何をしても消えることのない炎がある。
「私は――終わらせたいのか? それとも、壊したいのだろうか?」
その問いに、答えてくれる誰かはいない。