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「それで、これからどうすれば良いのじゃ? この奥に悌誉姉がいるのはわかる。しかし、何か見えない障壁のようなものに阻まれておって余らは進めぬ。このあたりのことはおぬしも理解しておるのであろう?」
事情はおおよそ理解した。
しかしこれからのことはまだ示されておらず、蒼天は犾治郎に聞く。
『もちろん。せやから、先に進むためには泰伯クンの剣の力が必要や』
「無斬のかい?」
『その剣は泰伯クンの思とるよりずっと凄いもんやからな。流石というほかないよ』
「流石って何だよ?」
『それはボクが話すことちゃうな。気になる泰伯クンが頑張りや』
そこで犾治郎は、妙に含みのある言い方をした。
気にならないかと言えば嘘になるのだが今はそれを深く追及している場合でもない。聞いたところではぐらかされる可能性のほうが高いと思い、泰伯はそれ以上を聞かなかった。
『ええか泰伯クン? 君が今立っとるところから三歩先や。そこに壁がある。目を瞑って、立ちはだかる壁をイメージして――それを斬るように剣を振るえば、ソレは壊れるよ』
「……それはなんとも、随分と抽象的なアドバイスだね」
『しゃーないやろ。じゃあもう少しだけ助言したるなら、泰伯クンが考えるこの世で最も硬いもんを斬るつもりで振り下ろしや。泰伯クンが常識に囚われればそれだけ、君の剣は精彩を欠くんやで』
「なんで君がそんなことを断言出来るんだよ?」
頼りになり、恩もある。それでも泰伯が犾治郎に対してどうしても心安らかになれないのは彼のこういうところなのだろう。
友好的で、特段高圧的なわけでもなく、しかし物知り顔で自分の知らないことをさも当然のことのように語ってくる。その在り方が泰伯の心を逆撫でするのだろう。
根っこのところで心を許されていない。
それを肌で感じる度に苛立ちを覚えるのだ。
『秘密』
「その秘密主義はちょっとどうにかならないのか!?」
『これでも色々と話しとるほうやねんで?』
「……そっか。じゃあもう仕方ないな」
泰伯はうなだれて肩を落とす。
「諦めたの」
「折れたッスね」
「諦めろヤスタケどの。この手合いは、それを秘するべきと判断すればたとえ主命であってもそれを語ることはない。上手く己の中で折り合いをつけて使うが吉ぞ」
「……そ、そういうものかい?」
「うむ、そういうものじゃ」
『そーゆうもんやで』
「お前が言うな!!」
泰伯は札に向かって叫ぶ。しかし犾治郎に堪える様子はまるでない。
「はぁ、はぁ……。ええっと、もういいよ気が済んだからさ。それで、無斬で斬ればいいんだったっけ?」
『うん。ほら、時間ももうあんま余裕ないし頑張ってや。ほなボクはこれで』
そう言ったきりプツン、と電話の切れる時のような音がしたかと思うと犾治郎の声は聞こえなくなった。
「……次に会ったら一発ぶん殴ってやろうかな?」
「やめておけ。どうせのらくらと躱されるぞ」
その忠告通りの光景がなんとなく頭に浮かんだので泰伯はもう犾治郎のことを考えるのを止めた。
そして、言われた通りに無斬を構えて正面を見据える。
その奥には行く手を遮るようなものは何もなく、見慣れた薄暗い駐輪場が広がっているばかりだ。しかしどうやっても今の泰伯たちはこの奥には進めず、そして――この奥から気配がする。
それは炎が燃え盛ってるような熱波を伴うものだ。
目には見えないがこの奥で、蒼天の姉であるという彼女、南千里悌誉が激情を燃やしている。その感情は分かりやすく、怒りだ。
それを悟った時、泰伯の眼にはぼんやりとあるものが見えた。
血に染まった、燃え盛る城壁である。
蜃気楼のようにおぼろげではっきりとはしないが、確かにそれはそこにあると感じ取れたのである。
(これを斬らなければ進めない)
泰伯は眼を凝らし、無斬を握る手にいっそう力を込める。
「頼むぞ……。いや、違うな」
小さく呟くと首を静かに横に振り、大きく息を吸い込み――叫んだ。
「“虚を断て”――無斬!!」
そして剣を振り下ろす。
泰伯の手には、確かに壁のようなものを斬った感覚があった。