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4.2.8.彼の為すべきこと

 アライソは膝を抱えて座っていた。地面に突き刺した二つの松明に照らされて、何をするでもなく、壁に背中を(もた)せ掛け、ただ座っていた。周囲を照らす明かりの外は闇。濁り腐れた臭いの漂う。聞こえるのはぽつぽつという水滴の音と、洞窟中に反響するソアラの(いびき)


 粘液を見失って何をすべきか、どこへ行くべきか分からなくなって暫くした後、ソアラはそろそろ夜だ、と言った。闇の中でも我が腹時計は正確だ。何もするべきことのない今、何を考えても何をしようとも無駄だ。寝る。そう言って寝た。


 考えようにも糸口のない、すべきことも見当たらない、それはアライソも同じだった。しかし直ぐには寝ようという気になれなかった。


 不安だった。あの胚がどこにいるのか、どうなっているのか。それも当然気になるが、彼はソアラと違い、人間だった。ものを食わなければ飢える人間だった。


 幸い食料はまだ八日分は残っている。今回は普段にも増して沢山の食料を持って来ていた。だからそれに関しては、まあ、いい。尽きるまでには出られるだろう。いざとなったら来た道を引き返せばいい。道筋は粘液の跡が残っている。


 しかし、彼が堪らなく不安になったのは、ここが地下ということだった。これまでの旅は地上だった。どんなに深い夜であっても月が出ていた。女神の写し身である満月があった。


 祈れば現世へ帰して貰える。だが、ここは地下。満月はここを照らしていない。月は見えない。どんな状況になったとしても現実世界へは帰れない。これまでは戦いで危機に陥ったとしても、いざとなれば最後の手段として彼は祈って現世へと逃れることが出来た。今は出来ない。


 そしてその不退転の現状よりも、彼は女神に見守られていないことが寂しく悲しく不安であった。


 隣で眠っているソアラはいい。不安定なところも見え隠れするが、それでも彼女は神人だった。女神の御子だった。


アラ「私は違う。ただの人間だ。女神にとっての何者でもない」


 心を安らがせられる何かがなかった。膝を抱える腕に力が入った。鬱々とした気分が強くなって行った。淀んだ空気が心までも黒く染めて行くようだった。


 頭を振り、そんな気分を追い払おうとした。


 何にせよ、今はソアラの言ったように何ともしようがない。寝て、休もう。そうすべきだ。旅袋を枕にして横になった。それでも中々寝付けなかった。頭の中ではあらぬ思考が回り巡っていた。


 寝付けぬままに、彼はふっと思い出した。


アラ「左右も分からぬ闇の中に、それでも私にはやるべきことが、そう言えばあった」


 身を起こし、


アラ「今を逃せばいつその機会が来るか分からない。今の内に、さっさとやってしまった方がいいだろう」


 松明を手に取り、左右を照らした。壁から浮かび上がる鉱石がちらちらと光を反射した。文目(あやめ)も分からぬ闇の中に、それは綺麗に輝いていた。


 どうせ大した金額にはならない。女神の加護が失われたからだ。それでも彼はこの世界の物を現世へ持ち帰るつもりだった。ろくな稼ぎにならないとしてもそれが仕事であり、表向きにはそのために来たことになっているからだ。


 だから彼は何かを盗んで帰るつもりだった。たとえ現世を捨てようとも、自分が物を食う人間である以上は犯さなければならない罪を、犯すつもりで今回も来た。そして今、この鉱石を盗もう、と思い立った。


 横ではソアラが鼾を上げていた。よく眠っているようだ。だが、彼女は眠っていても神経は研ぎ澄ませている。それを知っていた。森で眠っていた時に、袋子の声を聞くや否や跳び起きた。


 出来るだけ静かに、物音を立てないように、盗まなければいけない。


 鉱石を掴んで、上下に動かそうとした。根は壁の奥深くまで埋まっているようだった。周囲の土に指を差し込んだ。湿り気を帯びた土はずぶずぶとして素手でも掘り返せそうだった。


 彼は慎重に土を(すく)い取り、地面に置いた。水っぽい音が微かにした。横目でソアラを(うかが)ったが目覚める様子は見られなかった。


 少しずつ丁寧に掘り返して行った。鉱石の土に埋まっていた部分が(あらわ)になって行った。先端を掴んで揺するとグラグラした。これなら引き抜けそうだ。


 アライソは鉱石を両手で掴み、力強く引いた。するとそれは引っこ抜け、彼は尻もちを突いた。


 と、鉱石の抜けた穴から、勢いよく水が噴き出した。


 周囲の土をこそぎながら噴出する水の音に、


ソア「何だ!」


 と彼女が目を覚ました。アライソは慌てて鉱石を旅袋に仕舞い込み、


アラ「水が出ました。鉱石を壁から取ったんですが、そうしたらそこから」


ソア「何で、わざわざ」


 とその疑問を意識するよりも前に、彼女は水の流れる先に気が付いた。


ソア「見ろ、水が溝へと流れて行く。これは、川か。川になる」


 地面に穿(うが)たれていた溝は水で満ち、ゆっくりと、それから段々と速く、流れて行って小川となった。その溝とはつまり粘液の跡が途切れていた場所だった。


 しかし水の勢いは徐々に衰えて行き、涸れた。溝の水も流れ去って元の湿った窪みに戻ってしまった。


ソア「奴の行き先が分かったな!」


 彼女は所々に点々とする鉱石へ向かって羂索(けんさく)を投げて順々に壊し、空いたそれらの穴からはそれぞれ水が(あふ)れ出た。水は溝へと注がれて、再びそれは川になった。


 あの胚の跡が溝の外に出ていないということは、あれはこの川の流れに乗って流されて行ったということだ。


アラ「流されたのではなく、泳いだのかも」


ソア「どっちでも良いじゃろ! 追うぞ!」


 地面の松明を引き抜いて、彼女は川に沿って駈け出した。アライソもまた旅袋と松明を拾い上げ、彼女に続いた。


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