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4.2.6.土蜘蛛

 アライソとソアラは距離を取って離れた。蜘蛛の糸に一纏めに襲われることがないようにだ。これならばあれが糸を吐いてもどちらか片方しか狙えない。アライソは羽衣を持った手を突き出して、ふわふわと大気に漂わせていた。ソアラは片手で(たもと)(さぐ)り、蜘蛛の出方を(うかが)っていた。


 果たして蜘蛛は糸を吐いた。知能なき生物が羽衣の効果を知ったとは思われないが、それでもそれはソアラを狙った。


 彼女は羂索(けんさく)を縦横に走らせ、鍾乳石や鉱石に引っ掻けて編み込み、(とばり)を作った。その帳に糸が吐き付けられたが、洞窟内の出っ張りで固定されたそれは押し込まれることなく、表面に付着した。


 首尾よく防げたのを知ってソアラはそれを解こうとした。が、糸に粘着されたそれは解こうにも解けなかった。()むなく捨て置き、別の場所へと回り込んだ。


 しかし蜘蛛はそこへも糸を吐き付けた。彼女は同様にして防ぎ、帳となった羂索を捨てた。そしてまた糸が吐き出され、同じことが繰り返された。


 アライソは蜘蛛に跳び掛かった。棒と化しめた羽衣で、横から目を突こうとした。だが蜘蛛は頭部を巡らせることもなく、複眼で動きを捉えていた。ソアラを見つつ、一本の脚を上げて突きを弾いた。


 その脚が羽衣に触れた瞬間だった。アライソは羽衣から力を抜き、揺蕩(たゆた)う布へと戻した。脚は羽衣を通過しようとした。まさにその羽衣の中を脚が通り過ぎている最中、その刹那に彼は再び力を込めた。


 人間の肉体から流し込まれた力に羽衣は張り詰められて、それは一枚の鉄板となった。(たお)やかであった布を貫いていた脚は硬い鉄板によって切断された。


 脚を一本失った蜘蛛は均衡を崩し、彼へと振り向いた。だが蜘蛛はこの敵を視界の中央に入れたが、僅かな間に均衡を崩したが、それだけだった。この虫もまたアライソと同じように痛覚がなかった。悶えることもなく彼を優先すべき敵だと察しただけだった。


 彼へ向かって脚を振り上げたその時、視線を外され隙の出来たソアラが松明を投げ付けた。蜘蛛は糸を吐き付けて火を消した。糸に絡まれた松明は勢いを減じ、蜘蛛に届くことなくその場に落ちた。間髪なく、投げられた方向へ二の矢となる糸を吐き出した。


 しかしソアラは既にそこにはいなかった。洞窟内には(いた)る所に糸の付着した(とばり)が張られていた。彼女はそれらの内のどれかの陰に隠れたのだろうか。


 そうであったとしても攻撃の際には姿を現さなければなるまい、今見えている眼前の敵に再び脚を振り上げた。蜘蛛の視野は広く、どの帳の陰から出て来ようともそれが見えるはずだったのだ。


 アライソへ向かって脚は突き落とされようとした。彼は羽衣を広げて受けようとした。


 が、その時、落ち来る脚を見上げるアライソはその向こうに、脚の向こうに、蜘蛛の真上に、先端を天井に突き刺した羂索を片手に掴んでぶらさがるソアラを見た。もう一方の手には手槍が握られていた。


 彼女は羂索を手放した。一直線に落ちる彼女は風を切り、音に気付いた蜘蛛であっても自由落下の速度に敵わず、手に持つ槍はそれの頭部を貫いた。


 この一瞬の出来事によって蜘蛛は絶息した。が、それでも腹部は(うごめ)いて、脚を藻掻(もが)かせ地面を掻いた。


 アライソは素早く左目から大太刀を引き抜いて、細かく振るって残る脚を断ち切り、腹もまた裂いた。


 八本の脚を失った大蜘蛛は胴体を地に落とし、動かなくなった。


 アライソはほっと息を吐こうした。しかしそれも束の間、ソアラが彼の大太刀を握っている方の手首を取って、


ソア「急げ!」


 と、彼の松明を取り上げて、行く手を照らして駈け出した。アライソが振り返ると蜘蛛の姿は既に闇に埋まっていた。そして鼻先に嫌な(にお)いが漂った。濛々(もうもう)とした煙のような、塊のような濃淡(のうたん)のある(にお)いだった。


 あれは瘴気によって魔物となった蜘蛛だった。走りながらソアラが手短(てみじか)に言った。だから死ねば体内に溜まった瘴気が噴き出す。その奔騰(ほんとう)に吞まれてはいけない。(のが)れなければ。


 松明で眼前を照らしながら、足元の粘液を追いながら、洞窟内を二人は走った。松明の灯を鉱石が反射した。鉱石はそれぞれに光を宿した。夜空に(ちりば)められた星屑のような、無数の小さな光が彼らの後方へと流れて行った。


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