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4.2.2.森の中

 森の中では不思議と赤ん坊は見なかった。入る前には日に何度も遭遇したのにも関わらず。アライソはそれを口にした。ソアラは樹の根元を蹴り、目線で示した。


ソア「見よ。樹の根元には黒い殻が引っ付いておる。この森の樹は神樹ではない。袋子から生まれたものじゃ。奴等は種子だ。こんなものまで生やしおる」


 それから周りをぐるりと見渡し、


ソア「密林じゃの」と、舌打ちし、「これだけの数の袋子が集っておった」


 わざわざ一ヶ所に集まって何をしようというのだろうか。


ソア「奴等に思慮などない。本能のままに動いているだけじゃ。忌まわしい本能に突き動かされて集まって来ておる。企みはなくとも禍々しいことを起こすのは必定じゃ」


 彼らは暗い森を進んで行った。


 と、一つの(こけ)()した岩の陰から袋子が這い出して彼らの目の前を横切った。粘液を跡に引きながら、のっそりと這っていた。


 アライソはまた彼女がこれを殺すと思い、眉を顰めた。だがソアラは袖から羂索を垂らしながらも伸ばしはせずに、それの行方を目で追っていた。


ソア「少し、動いたか。アライソ、貴様は西へ行くのと目前の危難、どちらを優先したい」


アラ「それは、目前のものです」


ソア「そうか。ではあれの後を追うぞ」


 彼女は羂索を垂らしたままで、緩慢に這って行くそれの後に続いた。


 どれほど歩いただろうか、アライソは嫌な気分になって来た。進むにつれて吐き気も生じ、それも段々と増して行った。


 ソアラは眉一つ動かしはしないが、それでも顔色は悪くなっていた。


ソア「嫌な気分じゃ」


 呟いた。


ソア「嫌だのう。それでも追わねばなるまいて」


 日の光も通さないような鬱蒼とした森林が、急に(ひら)けた。暗い樹々に囲まれた、紅の空が広がった。


 その中央にはどす黒い瘡蓋(かさぶた)のような殻を纏った巨大な球体が鎮座していた。枯草に体液を撒きながら、袋子はそれへ向かって行った。


 袋子は球体に辿り着いた。上体を上げて瘡蓋の突起を掴み、球体を這い上った。やはりこれは普通の赤ん坊などではない、自分の体を持ち上げるだけの腕力を有し、巨岩のような球体に登攀(とうはん)していた。


 半ば辺りまで登った頃、赤ん坊は動きを止めた。彼を包む胞衣(えな)が広がり、端が球体に癒着した。黒く乾いて行くとともに平たくなり、赤ん坊の体積は球体へと吸収された。胞衣は球体の瘡蓋となって周りと同化した。


アラ「これは」


ソア「これよ。我が逃げざるを得なかった魔物というのは」


 彼女は球体に向かって羂索を飛ばした。先端の金具が瘡蓋にぶつかったが、鈍い音を立てて跳ね返された。


ソア「ちっ。硬い」


アラ「それならば」


 彼は大太刀を抜くと身を低くして疾駈し、球体の下方を横一文字に斬り払った。軌線に沿って瘡蓋は裂けた。


ソア「あ、馬鹿!」


 裂傷からは乳のような胎液が吹き出した。それがアライソに降り掛かりそうになった。身に触れる直前、彼の目の前に細かく編み込まれた網が飛び来たり、胎液を防いだ。ソアラの索だった。


ソア「退()け!」


 アライソが跳び退(すさ)ると網目に胎液が滲み出した。網は地に落ちた。振り返るとソアラはその索を放していた。胎液に浸った網は白い煙を上げながら、ぶすぶすと溶けて行った。煙が治まるとそこには焼け焦げて細った索と黒く乾燥した粘液の跡が残っていた。


 アライソはソアラの元まで引き下がった。彼が礼を言うのも待たずに、


ソア「この通りじゃ。どうする」


 低い声で聞いた。球体の表面は硬い殻に覆われて、それが斬られると中から溶解液が吹き出した。


 アライソが刻んだ斬り痕は、上下の瘡蓋が閉じて塞がり、内から滲み出る胎液が固まって補修された。元の姿に戻っていた。


 どす黒い球体は紅い空の下で禍々しい雰囲気を漂わせていた。二人はそれを見上げていた。


 球体はゆっくりと転がり角度を変えた。


 その中央の、二人を真正面に見据える位置に亀裂が入った。唇のように開いて行く瘡蓋の間から乳色の粘液が飛び出した。それは跳び退()いた二人の立っていた場所に直撃した。粘液は長く伸びても球体と繋がっていた。触手のように伸びた粘液を球体は引いて瘡蓋の中に仕舞い込んだ。粘液の触れた草は(くすぶ)り、焼け焦げていた。


アラ「これもやはり」


ソア「種子じゃの。今は未だ種に過ぎんが、いずれは厄災を招く。潰さなければなるまいて」


アラ「貴女が前に遭ったという時はどうしたのですか」


ソア「逃げたと言っただろうが! 何度も言わすな!」


 癇癪を起した。


アラ「そうではなくて、どうやって大人しくさせたのですか」


ソア「それならば、どうやらこれは攻撃しなければ静かにしているようだ。離れていれば何もせん。ただじっとして発芽の時を待っている。とは言えその時が来たら手遅れだ。その前に潰した方がいい」


 アライソは考えた。


ソア「言っておくが、遠くから攻撃しようと思っても無駄だぞ。さっきのを見たじゃろう。我の羂索では歯が立たん。なれば何を投げても通らぬじゃろう」


アラ「私の太刀なら通りました」


ソア「自慢か?」


アラ「そうではなくて……、あれが種ならば殻ではなくて中身が本体ですよね」


ソア「普通に考えればそうじゃろうな」


アラ「私が中身を引き出して、それから何とか出来ませんか」


ソア「何とか、か。あの触手のようなものは斬れそうか」


アラ「やってみます」


ソア「では、うむ。やってみよう」


 彼らは話し合い、策を練った。そして、


ソア「貴様は御霊(ごりょう)様の御加護によって傷を負わぬ体になったと申していたが、あれの体液は厄災そのものじゃ。触れれば無事でいられるとは限らん。我の羂索だって溶けた。承知の上か」


アラ「覚悟はしています」


ソア「我も援護はするが、触れぬに越したことはない。気を付けよ」


アラ「ええ」


ソア「では、行け!」


 アライソは大太刀をすらりと抜いて、球体へと歩み寄った。


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