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4.2.1.紅に染まる

 紅に染まった天地の狭間で、ソアラはぽつぽつと湧き出でる袋子(ふくろご)達を殺して行った。その度にアライソは暗い気持になっていた。


 姿形が何だ、とソアラは言った。そしてこれの皮が破れて魔物の群が現れたのもその目で見た。それでも赤ん坊の姿をしているそれが潰されて行くのを見るのはつらいことだった。


 神人には血が流れていない。そしてこれは血を滴らせている。だからこれはこの世界の神人ではなく、現実世界の人間でもないのは確かだった。それでもつらいものは、つらかった。


 抑えきれぬ憐憫の情に、


ソア「感傷のために神人達を殺すのか?」


 喝を入れられた。殺さなければいけない。この世界を守るためには感情を殺してこの魔物らを殺さなければならなかった。


 夜が来た。夢枕には血塗られた赤ん坊が立っていた。


 朝が来た。この日、ソアラはあえて彼にそれを殺させた。吐きそうだった。アライソは既に神人を殺していた。しかしその時は冷静ではなかった。魔物も殺した。しかしそれは人の形をしていなかった。


 冷静に、自らの行いを認識しながら、人の、赤ん坊の形をしたものを殺さなければならなかった。五匹、六匹殺させるとソアラは満足して次からは自分で殺して行った。


 その夜の枕元には自分が殺した袋子達が立ち、血を流す眼で彼を見下ろしていた。


アラ「正気でいられる自信がない」


ソア「狂い始めたからの。神界が」


 太陽が真上に昇っている夕暮時の空の下で言葉を交わした。


 せめてもとアライソは彼らの墓を作ることにした。魔物のためにか、とソアラは苦々しく言った。小さな墓標に手を合わせてから彼が立ち上がるとソアラは急かした。


 彼がこの地方にやって来た日よりも夕刻は更けて行っていた。それはソアラの目にも明らかだった。


 夜が来る。この世界に夜が来る。袋子達が闇を引き摺りこの世界へ夜を運ぶ。


 翌日、彼らは森に行き当たった。


ソア「どうする。突っ切るか? 回り道をするよりも早いが」


アラ「迷うことはないのですか」


ソア「その心配はない、安心しろ。神人の方向感覚を信じろ」


アラ「それなら、行きましょう」


ソア「ただ、この森には魔物が住んでいた。忌々しい。先日は我ですら尻尾を巻いて逃げざるを得んかった。この我がじゃ。思い出しても腹が立つ」


アラ「また遭うとも限りませんし、それに今は二人います」


ソア「気楽なもんじゃ」


 結局その森を通ることにした。


 鬱蒼とした森林は深い樹冠で一筋の光すら通さずに、行く手には蔦が絡まって塞ぎ、足元では麻が乱れていた。葛に覆われた巨岩を横目に彼らは奥へと進んで行った。


 アライソは太刀で、ソアラは袂から出した鉈で、目前の蔦を叩き切り、


アラ「しかし、神界にもこのような森があったのですね。見るのは二度目ですが」


ソア「何を言っているのだ。神界に人を惑わす森などあるわけがないだろう。世界の乱れじゃ。神界が崩れているからこそ、こんなものが出現したのじゃ」


アラ「そうですか。それならば、あの時には既に」


ソア「いつ見たのかは知らんが。この世界にこんなものは在り得べくがない」


 樹上の明かりも消え失せて、彼らは体を休めることにした。湿った岩肌に背を(もた)せ掛け、アライソは食事をした。ソアラは彼のやることに興味を持たず、横になって(いびき)を立て始めた。


 彼は干した米を(かじ)っては水で飲みつつ、今日は赤ん坊を殺さずに済んだと安堵した。それでも、脳裏にはあれらが浮かび上がって来た。あの甲高い泣き声も実際に聞こえて来るようだった。


 ソアラが跳ね起きた。


ソア「いやがった!」


 泣き声は想像上のものではなく、実際に辺りに響き渡っていた。彼らは森の奥へと駈け出した。


 いつしか泣き声には赤ん坊のものだけではなく、啜り泣きも混じっていた。聞く者の心を締め付けるような。ささやかな水音も聞こえて来た。


 アライソ達は川に辿り着いた。岸辺には赤ん坊を抱いた女が崩れるように座っていた。彼女は赤ん坊を川に浸けては取り上げて、それの体を神経質に拭いていた。


ソア「女! 何をやっている! その袋子は!」


 彼女は面を上げた。目元は泣き腫れていた。


女人「血が、取れないので御座います。この子の血が。どんなに洗っても。後から後から滲んで来るので御座います」


ソア「そうか」


 ソアラは袖から羂索を放ち、袋子に絡めて彼女の手から取り上げた。自分の懐に引き寄せるまでもなく、宙でその子を絞め殺した。


 女は絶叫した。その口腔へソアラは羂索の鈎を突き刺した。女は仰向けに倒れて川へと落ちた。


 ソアラはアライソに冷ややかな目線を送った。


ソア「貴様、アライソ、貴様はあれを憐れんだな? あれは魔物だ」


アラ「あんな綺麗な女性が、魔物だったと言うんですか」


ソア「まさにそれよ。そうして惑わそうとあんな姿になっておった」


アラ「証拠は。そんな証拠があるんですか」


ソア「神人というのはな、血に触れないのじゃ。あれは我らには熱すぎる。魔物にもあるが、貴様にも流れているあれじゃ。触れれば無事ではいられない」


アラ「……」


ソア「それを知らずにあんな姿に憐れんで近付いた神人を襲う魂胆だったのじゃろうが」


アラ「……」


ソア「そうだ、そう言えば貴様は何度か我の体に触れていたな。我には将たりうる不動の精神があったから良かったものの。並の神人であれば大変なことになっていたぞ。余人に接する際には気を付けよ」


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