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4.1.6.卍と巴

 再び飛び来たる索の先端を弾いてアライソは言った。


アラ「なぜ攻撃するんです!」


ソア「民草の安寧を守るのが神兵の務め。貴様のような悪人を成敗するのが我らの務めじゃ」


 それ以上は何も答えなかった。背に負った赤い天地が歪んで見えるほどの気迫を発して睨み付け、両腕を広げて巨木のように屹立していた。両手を袂に仕舞い込み、その袖からは、尊い像の後光のように、無数の羂索(けんさく)が放射状に伸びていた。


 羂索はうねうねと動き、その内の一本がアライソへと襲い掛かった。彼は側転して避け、立ち上がりながら大太刀を構えた。それと同時にまた別の一本が向かい来て、峰で防いだ。


 が、そうして一本一本を跳ね返しても埒が明かない、索は無限と思われるほどに繰り出された。また正面からのみではなく、弾いたと思った数本が横から、後ろから、彼を狙った。


 次々と襲い来る合間のほんの僅かな一瞬に、アライソは腰を落とし、地昇華(ちしょうげ)を放った。無数の羂索は気流に乗って吹き上げられた。


 その隙に彼は逃げようとした。が、


ソア「貴様は羂索が何の道具か知らぬのか? 逃げられるわけがないだろう」


 片腕を上げた。と、吹き飛ばされた索は空中の一点で結び合わさり、そこを中心として回転した。索は周囲に広がり、飛び散り、交差して、宙に紗綾形(さやがた)の文様を描いて落下し、先端を地面に突き立てた。


ソア「卍蓋(まんがい)


 呟いて手を放すと編まれた羂索は伏せられた巨大な籠となり、二人を中に閉じ込めた。


 網目に行く手を塞がれて、アライソは立ち止まり振り返った。すぐ脇を一本が鋭く(かす)め、網目に突き刺さった。


 振り向こうとするとそちら側にも索が打ち込まれ、左右の自由を失った。視線を巡らせ、上を向くとそこにも新たに打ち込まれた。左右と上方に打ち込まれた索は彼女の手から離れて逆側の壁にも突き刺さった。三本の索によって一本道が出来た。アライソはその中にいた。後ろには壁、ソアラの方向にしか進める道はなかった。


 彼女は既に両袖から新しい索の束を伸ばしていた。


 アライソは横の索を切ろうと太刀を振るった。しかし、


ソア「無駄じゃ」


 と、けらけら笑った。そもそもが、刀剣で切れるくらいなら、これで閉じ込めようとはしないだろう。彼女は真顔に戻ると片腕を回し、そちらの索を(から)めて()じり、全てを纏めて太い一本の()り縄とした。


 袖口よりも太く丸太のように縒り合されたその縄は植物の茎に似て、そして緩やかに回転していた。それぞれの索に取り付けられた鉄環や鈎が、茎の先端に集まり、回転に合わせて鈍い光を跳ねながら、じゃらじゃら音を立てていた。


ソア「巴穂(はすい)


 声と共に縄が伸び、轟音を発して凄まじい勢いでアライソへ向かった。


 上下左右を塞がれていた彼はその突撃を真面に食らった。衝撃に押し飛ばされて、背後の網に叩き付けられた。胴体は尚も押し寄せる縄と背後の網との間に挟まれ圧迫された。縄の旋回は勢いを増し、鉄環や鈎が腹の上で暴れ回った。


 ようやく離れたかと思うと、縄は早くもソアラの手元まで戻っていた。アライソは肩で息をした。恐ろしかった。もしも神薬を呑む癖を付けていなければ無事ではいられなかっただろう、そう思うとぞっとした。


 それでも傷一つ付いていない彼の様子を相手は(いぶか)しみ、


ソア「潰れておらぬ。(えぐ)られてもおらぬのか? ううむ。流石は、と言うべきか」


 彼女の肩が少し動いた。二撃目の予備動作だった。


アラ「私が何をしたと言うんです! 襲われる理由はありません!」


 それを聞いて鼻で笑い、


ソア「何を。白を切ろうと無駄なことだ。返して貰うぞ」


 二撃目が放たれた。アライソは大太刀を青眼に構え、迫る縄の先端に鋭い一閃の突きを放った。


アラ「点描光(てんびょうこう)


 太刀の切先と縄の先端がぶつかった。縄の回転に絡め捕られそうになる太刀を握り締めて抑えつつ、突く力を更に込め、遂にはそれを押し返した。


 力比べには勝った。だが縄は押し戻されてもたわむだけで、ソアラの体勢には何の影響も与えなかった。


 悠々として次の一撃の準備をしていた。しかも今度は片袖だけではない、両袖の索をそれぞれに束ね、柱のような縄を二条作っていた。


アラ「返すとは一体何のことですか! 何を返せと!」


ソア「この期に及んで白々しい。我が知らぬと思うのか? 見れば分かるわ。盗人が」


アラ「盗人、とは」


 ぎくりとした。確かに自分は卑しい盗人だった。だが、それでも今回はまだ何も盗んでいなかった。これまでのことを彼女が知っているはずもなかった。それに、もしもこれまでのことが知られていたのならば、出会った時やその後に、幾らでも襲う機会はあった。


 ソアラの袖口から伸びる二条の縄はうねり、それぞれが独立した生物のようだった。縄が鎌首をもたげ、アライソを睨んだ。ソアラが抑揚のない声で言った。


ソア「一つは腹を狙おうが、もう一つはどこを狙って欲しい。顔か? 脚か? それとも面倒臭い、大太刀を弾いてやるのが手っ取り早いか」


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