4.1.3.神女の舞
ソア「それで異人よ! この世界に来てまだ直ぐなのか? 方々見て回ったのか?」
アラ「何度か来ていて色々な所を巡っているのですが、何せ神界は広いものですから、まだまだ見ていない所もたくさんあり」
ソア「そうだろうなあ! 神界は広い! 人の身で回り切れるものではない! この我ですら初めて見るものは沢山ある!
そうだ! 異人よ! 面白いものを見せてやる! せっかく遠くから詣で来て、こうして我に会ったのだ! 神界広しといえどもこれは滅多に見られないぞ!」
アラ「どんなものですか?」
ソア「舞じゃ! 神界の舞じゃ! 我が踊って見せてやろう!」
アライソは早く西軍の元へ行きたかった。だから余り足を止めるようなことはしたくなかったのだが、しかし、何度か見た神人の舞は優美で典雅で、心楽しくなるものだった。時間を取られることと天秤に掛けつつ、それでも見たいという気持に勝てずに、
アラ「お願いします」
期待に胸を膨らませ、彼女に頼んだ。
ソア「そこまで言うなら見せてやろう! 珍しいものじゃ!」
と、袂をまさぐって、抜き出した手に握っていたのは二つの、
アラ「しゃもじ?」
ソア「そうだ! 正にこの手に持つは貴様の言った通り、しゃもじ! どうだ、珍しいか」
両手にしゃもじを持って見せ付け、自慢顔になっていた。
アラ「いえ、それは余り……」
ソア「ふ。まあ、見ていろ!」
と、彼女はこちらに背中を向けて、着物の裾をからげて尻を丸出しにした。裾を帯に挟むような動作をした後、真白い臀部を左右に振って、
ソア「よっ!」
と大きな声を掛けると、揺れる尻っぺたを交互にしゃもじで叩き始めた。
ペタペタ、ペタペタ。
間の抜けた音の合間合間に彼女は、「ほっ!」とか、「そりゃっ!」とか掛け声を差し挟み、尻を振り、腰をくねらせ、膝を曲げて跳んだりした。こちらに背を向けたまま、一心不乱に彼女は踊った。
アラ「舞……? 舞か?」
これは舞と呼ぶものなのか? 少なくとも、これまでに見た神人達の舞とまるで違っていることだけは確かだった。優美、典雅、そんなものはここにはなかった。そもそもが、これが神人の振る舞いなのか? あの麗しく、気品に溢れた。
バタバタと地面を踏み鳴らし、ペタペタと尻を叩いて鳴らし、彼女は踊り、アライソは啞然とした。
そして彼女は一際大きな声で、
ソア「とうっ!」
と叫んで跳び上がり、着地と同時に二つのしゃもじでペチンッと叩いた。どうやらこれで締めらしかった。
彼女は振り返り、
ソア「どうじゃ!」
と、顔を紅潮させながら得意そうに聞いて来た。そう聞かれてもアライソは開いた口が塞がらず、そんな様子が不服だったらしく、
ソア「なんだ、その反応は! 面白かろう!」
未だ呆然としている彼に対して不満気に、
ソア「なぜ貴様は笑わないのだ。我が西方の女だからか? おかしいのう。東方の神女に教わり、爆笑必須と聞いたのだが」
アライソは肩を震わせて、
アラ「神女がそんな舞をするものか! 神女は優雅で、婉麗で、慎み深く、気高いのだ! そんな神女が行儀の悪いそんな踊りをするはずがない!」
ソア「する!」
アラ「しない!」
ソア「する!」
アラ「貴女はしても、神女はしない!」
ソア「いいや、する! 東方の神女がやったのだ!」
アラ「するはずがない! 神女のことはよく知っている!」
ソア「我だって神女だ! 神女のことは我の方が知っている!」
アライソは頭を抱えて蹲った。深い溜息を吐いていると、
ソア「貴様、何をやっている。西へ行くのではなかったのか? 座っていては日が暮れるぞ」
ご尤もな意見に、むすっとして立ち上がった。彼女はアライソを連れて歩みつつ、着物の裾を直してからも杓文字を片手に振り回して変な地唄を口遊んでいた。