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3.3.5.船人の唄

オモ「これは」


 岩の像をまじまじと見詰めながら呟いた。


オモ「一体、何なのですか。ミルメそっくりです。優しい目元も、可愛らしい唇も、彼女そのものです。何故この岩はミルメの衣服を纏っているのですか。どうして彼女の帽子を被せているのですか。


 この帽子は、私が以前、似合っていると褒めたものです。彼女はとても喜んで、それ以来、片時も離さずいつでも身に付けていましたのに。どうしてこの岩に。よく彼女が手放しましたね」


船1「私どももミルメさんがこの帽子を気に入っていたのを知っています。本当に、大事になさって……」


船2「ええ。だからこうしてこの岩に。オモトさんのおっしゃったように片時も離したくないでしょうから……」


オモ「どういうことでしょうか」


 船人は深い息を吐いた。


船1「これは、ミルメさんです」


船2「この岩は、ミルメさんがこのように化したものです。間違いなく、これはミルメさんです。彼女がこの岩に()ったのです」


オモ「ミルメが、この岩に?」


船2「ええ……。彼女は永久に、いつまでも貴方を、オモトさんを待ち望むと命に刻んで。永遠に待とうと、この世界の終りまでも貴方を待とうと、岩へと変化してこの地にその身を置いたのです。


 オモトさんとの思い出の、そして海の遠くを眺めていられるこの岬に」


オモ「彼女が、岩に……」


船1「ええ……。永遠に貴方を待つために、その身を岩に変え果てて」


オモ「何を……。どうして、そんな」


船1「オモトさん。南軍の島が龍とやらに襲われていた時、この岬からなら遠くの空が荒れていたのが見えたのだそうです。ミルメさんがそう言っていたのですが。街からは分からなかったのですが、ただここからはそれが見えたのだそうで」


船2「彼女はこの神界が荒れるという異常事態に胸を騒がせ、一心に祈りました。天変地異の治まることを。この世界の平穏を。神軍の大過なきことを。そして何より貴方の無事を。何日間も、ここから離れることもなく、ずっと、じっと、ただ只管に膝を突き、海に向かって祈りを捧げておりました」


船1「御霊様の威徳によって治められているこの世界が乱れたのです、彼女の悩乱、心労は如何程(いかほど)ばかりであったでしょうか。彼女の精魂尽き果てるまでの必死の祈りは気を失うまで続きました。


 私達が彼女をここで見付けた時には、ええ、ミルメさんは気を失って倒れておりました」


船2「私もその場にいたのですが、二人で彼女を介抱し、意識が戻るとそれを教えてくれました。


 そして彼女は海を見遣り、空も海もが静まっているのが分かると、安心したのでしょう、喩えようもなく柔らかな笑みを面に浮かべ」


船1「ああ、良かった、本当に良かった、と」


船2「しみじみと呟き、目を閉じました」


船1「しかしその後の私達の対応が良くなかったのです。ですが、その時には知る由もなく、またそのために来たのですから」


船2「彼女に伝えなければなりませんでした」


船1「私達が岬に来たのは、オモトさん達が流れ着いて直ぐのこと、ミルメさんにあの事を告げるためなのです。私達が聞いたのは街人達からの伝言で、伝達に来て下さった兵士が誰なのかは知りもせず」


船2「……、貴方だとは思いもせずに、ミルメさんに伝えたのです」


船1「ミルメさん、大変です。海の向こうが荒れたのはご存知のようですが、それは龍が現れたのです。侵略です。悪い者が境界を破り、鎮南軍の島の砦を襲ったのです。神軍の城塞は破壊され……」


船2「神兵の方々は全滅しました」


船1「残っているのはそれを伝えに来てくれた、ニ、三の兵だけ。他の方々は悉く、海の藻屑に」


船2「我々を守って下さる防人(さきもり)玉垣(たまがき)が崩れたのです。いつこの街にまで龍が襲って来るのやら。お逃げ下さい。私達もすぐに街を離れる準備をします。ここに来たのはミルメさんにもそれを伝えるためなのです」


船1「これを聞くとミルメさんは大きく両目を見開いて」


船2「侵略! 神軍が壊滅! まさか。神兵が、……」


船1「そうです、ミルメさんが見たと言う、禍々しい嵐はそれだったのです。悪い龍が島で暴れて、荒らし尽し、神軍を壊滅させたのです。城塞の跡は塵も残らず。貴女も早くお逃げなさい」


船2「それでは、とミルメさんは言いました、神兵の方々は誰も生きてはいないのですか」


船1「ええ……」


船2「皆々、お亡くなりに」


船1「そのようです……」


船2「それでは、あの、あのオモトは!」


船1「おそらくは……」


船2「ミルメさんは叫びました。そして地に伏し慟哭しました」


船1「我らの臓腑を引き裂くような、悲痛な哀哭が続きました」


船2「彼女はどれだけ泣いたでしょうか、暫くすると、すっくと立ち上がり、岬の先まで歩いて行きました」


船1「私は身投げをするのではないかとぎょっとして、止めに入りましたが、彼女はそんなことはしないと首を振り、こちらを向いて」


船2「悲し気に」


船1「私は待ちます、と」


船2「海の向こうへ目をやって」


船1「いつまでも、私はあの人の帰りを待ちます。永遠に。帰らぬ人となったのならば、永久(えいきゅう)に。いつまでであろうと、二度と帰らないと言うのなら、この世界の終りまで。あの人の帰りを待ち続けます」


船2「そう言って」


船1「この身を不変の岩へと変じ」


船2「誓いを立てて、その身を岩へと変えたのです」


船1「ご覧ください、彼女は永遠の岩となって、海の向こうを見守っています」


船2「この世界の終りまで変わらぬ姿となりながら」


船1「神界の、神軍の方々の、……そしてオモトさんのご無事を祈りながら」


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