3.3.4.海松藻のいる岬
遠目に岬の形が見えた。
オモ「私も気を入れ直さなければ。ミルメ。彼女に会って、決意を新たにしなければ。果たすべき使命。彼女のいるこの世界のための。彼女が安心して暮らせるように。そのための尊い使命を」
岬の様子もはっきりして来た。青々とした草々の茂る、清爽な岬。ミルメの立っていたあの岬。
その先端に近い位置に人影が見えた。その頭部では白い帽子であろうものが日光を照り返していた。彼女はいた。
オモトの頬は綻んだ。
オモ「彼女に会って、私は西へ。あの優しい人に会えば、私は何でも出来るようになる気がします」
穏やかに足を運んでいた。二人は歩んで行きつつも、しかし、岬にいるのが彼女一人ではないのに気付いた。
アラ「あそこにいるのは彼女だけではないようですね。もう二人、彼女の側でしゃがんでいます」
オモ「ええ、珍しい。あそこはミルメだけの場所みたいなものでしたのに」
アラ「何をしているのでしょうか。会話ではないようですが。彼女の足元で何か作業をしています」
オモ「ミルメも、突っ立ったままで。彼らがそんなことをしているのに手伝うでもなく。まるで無視をしているような。彼らに失礼だとも思います」
アラ「ですが、私は彼女のことは少ししか知りませんが、そんな不躾な態度を取る方だとは」
オモ「ええ……。誰にでも優しいはずなのですが……」
広い庇の帽子を被った彼女の、白妙の衣が潮風に靡いていた。ミルメの輪郭は揺らいでいたが、近付いて行ってみても揺れているのは衣ばかりで、彼女自身はじっと立ち止まったままで動いていないように見えた。
その足元で何かをしている神人も、まるで彼女にかしづいているかのように、じっとして、丸い二つの岩のようだった。手元ばかりは動かしていたが。
アライソ達は岬の根元まで辿り着き、彼らに歩み寄りながら声を掛けた。
オモ「こんにちは。今は一先ず危険は去っているようですが、それでも南軍の要塞が龍に襲われたことはお聞きでしょう、街の近くから逃げもしないで、こんなところで何をやっているのです?」
作業に集中していた二人の神人が顔を上げ、オモトを見止めた。彼らははっとしたようになり、互いに視線を交わした。二人はアライソを島へと送ってくれた船人だった。
一人が言った。
船1「オモトさん……、でしたか。ここにいる、と言うことは、南軍の島が襲われたと伝えてくれた兵士というのは、貴方でしたか……」
彼は口を強く引き結び、俯いた。深く皺を刻んだ眉間の下、目線をもう一人に投げ掛けて、同じようになっている相手と互いに目配せをし合い、小さく首を振り、頷いた。それから顔を上げてまた言った。
船1「聞くところによれば、軍は壊滅させられた、とか。しかし少なくとも貴方ご自身だけはご無事で何よりです」
船2「ええ……。何であるにせよ、生きていてこそですからね……」
両人ともに歯に物の挟まったような話し振りだった。
オモ「ありがとうございます、ですが、……いえ、やめましょう、仲間は皆々真の勇士であり、亡くすのは惜しい者達でした、それでも、悼みはしても、ここで話を繰り返すのは詮のないことですから……」
船2「ええ……」
船1「実に……」
オモ「しかし、それにしても、貴方々はここで何をなさっているのですか?」
船人はまた視線を交わして眉を顰め、気不味そうに俯いた。口元を歪めて何も言いそうにない彼らに肩を竦め、オモトはその会話の間もずっとこちらに背中を向けていたミルメに呼び掛け、
オモ「ミルメ。君もここで何をしているのです。空は穏やかに、海は凪いで、騒乱は治まったようではあるとは言え、やはり危険だ。君もここから立ち去った方がいい」
だが彼女は振り向くこともなく、声が聞こえてもいないようだった。動いているのは風に吹かれる衣ばかり。背を向けてただ海の向こうを見遣っていた。
アラ「ミルメさん……。これはミルメさんなのでしょうか」
いつまでも微動だにしない彼女に何か予感がした。その言葉を聞いて船人達も観念したように、ぼそりと言った。
船1「ええ、これはミルメさんです」
船2「それに違いはありません」
船1「ですが、どうぞ」
船2「ご覧になって下さい。ミルメさんです。さあ、どうぞ。こちらまで周って」
オモト達は訝しみながら彼女の正面まで周った。そして見た。彼女は確かに彼女の帽子を被り、彼女の衣服を着、彼女の相貌をしていた。違いはなかった。だがそれは、生きているミルメそのものの為りをした、岩の彫像だった。