3.3.3.南軍の最後
オモ「二日が経っても龍が来ていないとなれば一先ずは安心しても良いのかも知れません。
私は西へ行く前に、ミルメに会って来ようと思います。龍の襲撃が危急でないならば、一日も掛かりませんから、一目見て、二言三言交わすくらいの余裕はあるでしょう。
良ければアライソ殿も一緒にどうですか。彼女は貴公を好いています。とても親切な方だと言って。私が決闘に敗れてこの街に戻って来た時に、彼女とは貴公の話もしたのですよ。
約束通りに私を連れて来てくれたと、とても喜んでおりました。そして貴公と再会出来なかったのを残念そうにしていました。せめてお礼くらいは言いたかったと。アライソ殿に会えれば彼女もきっと喜びます」
アラ「ええ・・・・・・。しかし、どこにいるのか分かるのですか。もうこの街から去ってしまったかも」
オモ「なに」と、少し笑い、「彼女はのんびりしたところがありますから、街の方々がまだ避難し切っていない段階ならば、まだ残っているでしょう。
きっといつもの岬にいます。アライソ殿も会ったというあの岬です。
あそこにいなくて、家にもいなくて、会えなかったとしても、それはそれで良い。彼女はもう安全な場所へと逃げたということですから。
それならそれで安心して私は役目を果たしに行けます。西へ。西軍へ。侵略者のことを伝えなければ。
それからアライソ殿と話して知ったことも。龍は一匹ではない。東方を襲った輩と、こちらを襲った輩、侵略を企む悪龍奴は二匹いる。貴公と話をしなければ東方を襲ったのと同じ、一匹に違いないと思い込んでいました。重要なことです。これもまた伝えなければ」
オモトは立ち上がり、周りにいた神人達に避難をするように、それでも慌てなくていい、落ち着いて逃げるようにと繰り返した。
神人達の喧騒も治まり、三々五々と立ち去って行った。オモトとアライソは彼らを見送り、それから自分達も波止場を離れた。
動揺の気配はまだ残ってはいるものの、アライソが到着した時に比べれば街中は落ち着いていた。荷物を抱え、もしくは背負った神人達と擦れ違い、彼らは街を出た。
数日前には荒れていたという、今では穏やかな海原を横目に見ながら草原を、岬の方向へと歩いて行った。
その間、オモトは南軍の砦で何があったのかをぽつぽつと語った。
彼が島へと戻ったのは、アライソがとっくに帰ってからだった。彼はそこでアライソが武芸の指導をしたと聞いて惜しく思った。この強者の鞭撻を自分も受けたかった。同僚の内では秀でた方であるとは言え、まだまだ強くなりたかった。
力が足りない。それはすぐに身をもって知らされることとなる。
オモトが戻って暫くもしないある日のこと、海が荒れた。凪ぎ渡ったこの海が荒れるのは異常なことだった。話を聞いていなければ皆々混乱していただろう。しかし鎮南軍の兵らは違った。ついに来たか、東方を侵したあの龍奴が、ここにも来たか。兜の緒を締めた。
戦闘態勢は素早く整った。虚など突かれない、万全な状態でことに臨んだ。
だがそれも虚しかった。赤龍は暴れ回り、荒れ狂い、堅固をもって知られる南軍がいとも容易く蹴散らされた。城壁も、神兵も、飛沫のように跳ね上げられて無残に散って行った。厳かな城塞、強靭無比な軍隊が、あっけなく藻屑と化した。
シド将軍は両脚を断たれ、腹にも大きな穴を開けられながらも、弱まる意識に喝を入れ、側にいた三人の兵士を手招いて、気勢を張って最期の指示を飛ばした。
東西北の軍にこれを伝えよ。南軍は崩れた。彼奴の侵攻を食い止めるための援護を求む、と。それだけ言って事切れた。
オモトを含めた三人は急ぎ船の用意をし、波の逆立つ海へと繰り出した。だが神界の船は荒れた海を渡るようには出来ていない。すぐに転覆した。
甲冑を脱ぎ捨て海へと飛び込んだ。遠く見果てぬ港町へと、荒波に揉まれながら、必死で泳いだ。他の兵の様子を気にする余裕はなかった。いずれも自らの使命を果たすことだけ考えていた。
そして自分はあの街へと辿り着けたのだが、先程の話を聞く限り、どうやら他の兵士らも到着出来たようだ。東軍へも北軍へも伝達が果たせる。後は私の任じられた西軍への連絡だ。あの龍から、赤龍から、この世界を守らねば。
そこまで言ってオモトは口を噤んだ。
アラ「私も、そのためにこの世界に来ましたから。龍どもを討伐するために」
オモ「ありがたく存じます。この感謝は言葉では表し切れません」
アライソの脳裏に南軍によって催された宴会の記憶が浮かび上がった。共に笑い合い、呑み交わし、踊り、歌い、快くもてなしてくれた。一人一人の顔もはっきりと思い出せる。あの人々は一緒に食事をし、自分を同胞として迎え入れてくれた。
そんな彼らが悉く、赤龍によって殺された。