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3.3.2.息絶えなんとする兵士

 船着場では人だかりが出来ていた。喧騒の中に交わされる言葉を聞くに、その向こうに伝令役を受けた兵士がいるらしかった。人々は自分が逃げることよりも彼を心配し、また砦での出来事をより詳しく聞こうとしていた。


 アライソは彼らを押し分け、兵士の元まで辿り着いた。濡れた上着は(そば)に投げ捨てられて、半裸になった彼は一人の神人に抱えられながら、目を瞑り、眉を顰め、息をするのもつらそうだった。


 その側まで寄ってアライソはしゃがみ込み、彼を覗き込んだ。その兵士とは、あのオモトであった。軍の砦で一騎討をした。麗しい少女とお似合いの、清廉な青年だった。その秀麗な面持は歪み切り、息も絶え絶えになっていた。引き()る唇で譫言(うわごと)のように、西へ、西へ、と繰り返していた。


 アライソは印籠から神薬を取り出して、彼の口を()じ開けて、丸薬を捻じ込み、飲み込ませた。


 見る見るうちに顔色を取り戻した彼は急な快復に唖然としながらも周囲を見渡し、はっとして、


オモ「襲撃です!」


 と叫んだ。


オモ「侵略者が現れました! 軍は壊滅です! 城塞も破壊されました! いつここまで迫って来るか。逃げて下さい」


 それから周りを囲む神人達の中にアライソがいるのに気が付いて、


オモ「ああ、貴方は! アライソ殿、貴公も逃げた方がいい。話に聞いた龍なるものが当軍の要塞にも襲来しました。我らが軍は、・・・・・・蹴散らされました。あれは、恐ろしい。貴公といえども太刀打ち出来まい。我らが舟を出した時には辛うじて残兵もおりましたが、それでも、今は最早、おそらくは」


 ぐっと思い入れ、


オモ「余りにも凶悪に過ぎます。貴公はあれを討伐するために旅をしているそうですが、奴は話に聞いた以上でした。貴公の腕前は私も手合わせをして知っています、それでも、やはり。それほどまでに圧倒的です」


アラ「あの龍の恐ろしさは、暴れた跡しか見ていませんが、分かっています」


オモ「貴公がどれほど強かろうが、ただ一人では敵うとは到底思われません」


アラ「……かも知れません。しかし、それが私の使命です。あの龍を打ち倒すのが」


オモ「他軍に応援を請わなければ。そうでなければ、あれには勝てない。あの」


アラ「()まわしい」


オモ「(おぞ)ましい」


アラ「青龍が」


オモ「赤龍が」


 顔を見合わせた。


アラ「今、何と」


オモ「赤龍、と」


アラ「赤龍……。青ではないのですか」


オモ「ええ、確かに赤でした。東方を襲ったのは、青龍、と」


アラ「それでは、あのような龍が」


オモ「二匹いる」


アラ「……」


オモ「神軍が歯の立たない悪龍が、二匹……。この世界を侵し始めた」


アラ「ただ一匹で軍と城とを破壊し尽くす龍が二匹も」


オモ「……、ならば尚のこと他軍に連絡を! 他方の軍にもこのことを知らせなければ。そのために我らは砦を捨てて海を渡ったのです」


アラ「我ら?」


オモ「ええ、そうです。我ら三人、東西北への伝令として。……他の者は」


アラ「私が来た時にはいませんでしたが……」


 と、群衆の一人が進み出て、


神人「他の方なら、もう街を出ました。私達に事情を話し、避難をするよう呼び掛けて、それぞれ東と北へ行くとおっしゃって」


オモ「それならば良かった。彼らはそれぞれの所へ。私は西への伝令として遣わされたのです。彼らは何時頃に出ましたか」


神人「もう二日も前になります」


オモ「二日! それでは、私は、二日もここで寝ていたのですか!」


神人「ええ……。屋根のあるところへお連れしようとも思ったのですが、だいぶ苦しそうな様子でしたので、動かして良いものかどうか分からず……」


オモ「それは良いのです。むしろ露天にも関わらず看護していただきありがとうございます。いえ、それより、二日も経っているのに、あの龍はこの街には来ていないのですか」


神人「ええ、幸いに。もしかしたら、その龍とやらは海を渡れないのでは?」


オモ「それはありません。奴は海の向こうから空を飛んで来ましたから」


アラ「青龍も同じように飛んでいたと聞きました」


 オモトは海を、鎮南軍の島のあった方角を見遣った。


オモ「海も、空も、穏やかだ。私が海を渡った時にはあれほど荒れていたのにも関わらず。空も乱れるどころか、黒雲どころか、雲一つない。いつもの穏やかな風景だ」


 虚空は澄みやかにして、大海は静まり返っていた。


アラ「……。東方を襲った青龍は、鎮東軍の要塞を破壊した後にはどこかへ、東海の向こうへ去ったそうです」


オモ「あの赤龍もそうだと?」


アラ「分かりません。しかしその可能性は」


オモ「ここが襲われないのならそれは良かった。しかし、確証はない。それに、どちらにせよ、西軍へはこのことを伝えなければ。悪龍の襲撃があった、と。……我らが、南軍が、壊滅した、と」


アラ「ええ」


オモ「しかし、それでは、彼奴(きゃつ)が来ていないとすれば、この街に被害は」


神人「ありません。ありがたいことです。荒らされることもありませんし、人も誰も怪我をした者もありません」


オモ「それは良かった」


 彼は深い息を吐いた。


オモ「まだ安心出来る状態でないのは分かっています。それでも皆さんが無事であるのは本当に良かった」


 緊張が緩んだように見えた。口元が和らぎ、眼には優しい光が灯った。


オモ「誰も、怪我もしていない。皆無事か。それは良かった。本当に良かった。ああ、それならば彼女も無事ということか。ミルメ……。本当に良かった。あれが無事で、本当に良かった」


 不意に上った名前にアライソは僅かな反応をした。しかし彼女に関して何かを言うことはなかった。オモトは南軍の壊滅に無念を抱きながらも呟くように、


オモ「この街を守れたのだな。南軍は敗れてしまったが、それでも悪龍からここを守れた。それは良かった。彼女の、ミルメの住むこの街を。愛する人を守れて良かった」


 それを聞いてぽつりと、


アラ「……兵士となったのは、きっと、そのためでしょう」


オモ「ええ。私はミルメの住むこの世界を守りたかった。それで軍へと志願したのです」


アラ「……彼女がそれだけの女性であるというのは、私も分かります」


オモ「いやはや、お恥ずかしい。ええ、今はこんな話をしている状況ではないと分かっています。それでも、やっぱり、本当に良かった。しみじみ思っているのです。彼女のいるこの世界のためならどんなことでも出来るのです。ミルメは私の全てなのです」


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