3.2.10.報せ ②
新郎は妹から年の離れた兄がいることを聞いていた。疎遠になり、ほとんど関係が切れていることも知っていた。嫌い合ってそうなったのであれば致し方がないが、意図的に関係性を切ったのではなく、人生の流れの中で自然とそうなってしまったことを知っていた。
もっとも、荒磯からすれば敢えて生まれ育った土地を捨て、積極的には妹と連絡を取らなかったのだから半ば意図的と言えたのだが、世間はそうは見なかった。
そして新郎の家族は婚約が決まった後に興信所を入れて彼の身辺を調査していた。妹はそれを知った時には珍しく嫌な顔をしたのだが事後承諾となった。ともあれ荒磯の近況は彼らに知られた。
彼が今では都会におり、この仕事をしていること、そして直近こそ調子は良いようではあるものの、それまでは極めて貧しい生活をしていたことを知った。
新郎は義理の兄となる人のそうした状況を心苦しく思い、親族に相談をし、そして次のことの了承を得た。
すなわち、彼をこちらに呼んでどこかの会社に何らかのポストを用意しよう、と。
彼らはグループ企業の事務処理センターなど、立地の影響の少ない事務所や会社を地元に作っていた。そこに雇用を生み出すためだった。
荒磯のためにそれらの内に何らかの席を用意しようと言った。新婦の兄として相応しいものを。何の知識も経験もないが、そんなものは覚えて貰えばいいだけだ。重要なのは信頼だ。妻となる人の兄であるならばそこに問題はない。
もしくは慈善団体の顧問になってもらうのもいい。苦労をしている。だから対象の現実をよく知っており、より実際的で効果的な活動が出来るだろう。いや、彼の意見を直に反映させられるように新しいものを立ち上げて、トップになってもらうのも手かも知れない。
荒磯のための話し合いが行われた。彼に関する様々な将来像が交わされた。議論もたけなわになった頃に新郎がふっと水を差した。
もっとも、本人が望めばだが、と。本人が望まなかった場合にはこの話はなかったことにしよう、余計なお世話でしかない。それでも本人が望むのならば幾つかの提案をして、やってみたいと思う所に行ってもらおう。
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荒磯はここまで読んで胸が高鳴った。是非にでも彼らの元で働きたいと思った。
たとえどれだけの収入があろうとも、どれだけ豊かな生活を送ろうとも、今の仕事は社会の内に数えられるものではなかった。金はある、彼を受け入れてくれる恋人もいる、それでも彼は自分を社会の中にいる人間だとは思っていなかった。真っ当な仕事をしていない。社会的な立ち位置がなかった。
もしも妹夫婦が仕事を与えてくれれば、自分は社会的な立場を得られる。社会の一員になれる。それだけでも有り難いというのに、彼らの用意してくれると言う地位は高いものだ。人から敬意を抱かれるような。あの一族と同じような、人々から尊敬される立場になれる。名誉までも得られる。喉から手が出るほど欲しかった。
そんな仕事が出来るのならば、どんなに素晴らしいことだろう。そしてその話は現実的に進んでいた。
手紙の続きによれば、詳しい話は結婚式も終わり、新婚旅行からも帰って来、結婚直後の雑務をこなして一段落着いてから、顔を合わせてゆっくりとしたいとのことだった。こちらの要望をちゃんと聞き、その上で彼が満足出来る役職を用意したいとのことだった。
返事の手紙を書こうとした。とても嬉しい、是非ともお願いしたい。しかし興奮し切った頭では上手い文章が作れずに、何度か書いては丸めて捨てた。返事は、もう少し冷静になってからにすることにした。
結婚式の招待状を見ると、式の日取は具合の悪いことに神界に行く期間と重なっていた。妹達を祝いたいのは山々だが、神界へ行くのは彼にとっての生きる意味だった。仕方がなく欠席にして返送した。




