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2.1.2.村は燃えている

 そうした罪の意識に沈んでいるアライソの唯一の安らぎとは、まさにこの世界に来訪し、そしてあの人々を遠くからでも眺めることだった。彼らのようになれたのならば。いや、そんなことは叶わない。純粋な憧れだった。


 彼は美しさに憧れ、醜さを()じる人間だった。人間の醜さを羞じている分だけ、一層強く美しさに惹かれた。


 早く神人を見たかった。あの綺麗な存在を目にしたかった。自分などが触れてはいけない、尊い人々。彼の足は心持速くなった。


 あの清らかな人々は喜びの観念そのものだった。彼らの存在こそが自分に生きる意味を与えてくれる。


 森の樹々が邪魔だ。彼らの世界を一望出来ない。足も直ぐには進めない。


 彼はいつしか駈けていた。何本もの樹木が後ろへと流れて行った。


アラ「森の切れ目が見える。その向こうは明るい。赤い光が映えている。もうすぐ朝日が昇るのだろうか」


 森から踏み出ると遠くに一塊の炎が見えた。


アラ「篝火だろうか」


 妙な胸騒ぎがした。平安が保たれているはずのこの世界に在り得べからざるものを見ているような感覚がした。


 炎は猛々しく、黒煙が夜空へと昇っていた。決して人の手によって整えられた炎ではなかった。


 アライソは胸の動悸が激しくなっていくのを感じた。喉が締め付けられ、嫌な汗が流れて来た。彼はまだそれが何かが分かっていなかった。震える足でよろよろと歩み、縺れるようにして再び走り出した。この世界ではもとよりのこと、現実世界でも出したことのない全力での疾駆だった。


 青褪めた顔に両目を大きく見開いて、あの炎が何かを見定めようとしていた。頭の中に思考はなく、ただ行く手に見える赤い炎だけが彼の認識の全てだった。


 近付けば近付くほど炎が巨大であることが分かって行った。炎の中には建物があった。塔があった。樹木があった。炎はそれらに纏わり付き、絡み付き、包み込んでいた。尖塔が崩れ、倒れた。崩壊と共に火の粉が舞った。


 風に乗って炎の空気を呑み込む音、物が焼けながら爆ぜる音が聞こえて来た。焦げた臭いが面を打った。黒煙が鼻先を覆い、むせた。


 アライソにも炎が何であるかを理解せざるを得なかった。目の先にある村が燃えていた。大火が人々の住居を襲っていた。高い建物も低い建物も垣も塀も門も植樹も花壇も総てを焼いていた。災いのないこの世界には存在するはずのない光景だった。


 熱風に煽られながらアライソが村まであと少しとなったところ、嫌なものが聞こえた。人の絶叫だけではない、勇猛な鬨の声だった。


 燃え盛る炎の合間合間に駈け巡る人々の影が見えた。慌てふためき逃げ惑う影があり、敢然として追う影があった。逃げる影がよろめくと、追う影はそれを長い棒で貫いた。逃げていた影は崩れ落ちて動かなくなった。


 影の中には松明を持ち、まだ焼けていない家屋に放火しているものもあった。壁に炎を浴びせ掛け、窓の中へと投げ込んだ。


 この火事は失火ですらなかった。村は悪意をもって燃やされていた。


 炎に煽られて、放火する影の姿が鮮明に見えた。それは光輝く神々しい黄金造りの具足で身を固めていた。松明と逆の手にはよく磨かれた長い槍を持っていた。麗明な鎧兜の武者達が縦横に走っていた。彼らは兵士だった。


 瀟洒な甲冑を身に纏う具足武者達がこの村を、平穏たるべき神界の村を焼いていた。


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