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3.1.7.御前試合

 日は既に傾きつつあり、決闘は翌日のこととなった。


 船人達はいつもそうなのであろうが、城に一室を用意され、そこに泊まることとなった。珍しいものが見られると聞き、兵士も交えて酒宴を開き、それは大いに盛り上がった。


 さて、どちらが勝つのだろうか。オモトは若いとは言え将来を有望視された武者である。槍の扱いは妙にして豪。技量は古豪に並び立ち、既に指南役とも打ち合える。


 しかし客人も強そうだ。あの面構え、身の置き方、体の捌き、只者ではないのが一目で分かる。試合が決まってから戯れに、自分であればどう戦おうかと考えてみたが、こちらに対して気を巡らせているのでもないのに、隙が無い。正面から打ち掛かろうとも背後から足を払おうとも、どう攻めようとも打ち返される像しか想い浮かばない。


 それでも相手はオモトである。我らが鎮南軍の兵である。言わば我々の代表だ。旅の余所者が何するものぞ。明日の決闘をもって南軍の武威を示そうぞ。


 酔いの回った愉し気な鯨波(げいは)が轟いた。


 アライソは別の客間で横になっていた。眠りに落ちそうになる度に、ミルメの輝かんばかりの笑顔が浮かんで来た。彼女の願いを叶えたい。願いを叶え、喜ばせたい。彼女を恋人に会わせたい。それは辛いことでもあった。想念を振り払い、眠ろうとした。


 翌朝、日が昇ってすぐの頃、彼は兵士に案内された。試合を行うのは、兵士達の修練場としても使っている中庭だという。


 館を出て塀に沿って行くと前方に石垣が横切っていた。石垣の上には櫓があり、そこから何人かの兵士の視線が注がれていた。石垣には人が一人通れるくらいの穴が()()かれて門になっていた。その向こうが決闘の場とのことだった。


 アライソはその埋門(うずみもん)の脇に、長柄の熊手が立て掛けられているのを見た。少し考え、その熊手を手に取って、頭の部分を踏み折った。折った先の部分を放り捨てるわけにもいかず、旅袋に仕舞ってから、熊手の柄を(しご)いたり、地を突いたりして具合を確かめた。棒として良い働きをするだろう。


 小さく頷いて門を潜った。


 彼が現れると修練場に詰め掛けていた兵士達が歓声を上げた。その声に包まれてアライソは四方を見回した。正面には主殿、他方は石垣で囲まれていた。石垣の前で胡坐を組んだり、上に昇ったりした兵士達が期待の眼差しを送っていた。一方の隅には船人達が茣蓙に座っていた。目が合うと両手を大きく振ってくれた。


 主殿ではシド将軍や、他の将校らしき兵士らが鎮座していた。他の兵士達とは違い、彼らは飽くまで静かに決闘の成り行きを見守ろうとしていた。


 そして中庭の中央では、既にオモトが気迫を漲らせてアライソを待ち構えていた。片手に握った黄金の神兵の槍、その石突を地に突き立ててこちらを睨んでいた。気勢は充分、戦闘の姿勢は整っていた。


 アライソもまた庭の中央まで行き、そして対戦者二人は共に主殿を窺い、将軍に視線を送った。


シド「両者準備は良いようだな。では始めい!」


 その言葉と同時に両者はバッと距離を開け、槍と棒とを互いに構えた。


 オモトは前掛けに構え、穂先を真っ直ぐにアライソへ向けた。


 アライソは棒を腰元の高さで後ろに伸ばし、横無相の構えを取った。軽く開いた掌を前方の先端に当て、相手の視線からは手の甲で棒が隠れるような角度を取った。


 共に整える息の合間に、アライソは声を発した。


アラ「オモトさん、私を殺す気で来てください」


 揺らがぬ視線を送りつつ、オモトは相手の言葉を聞いた。


アラ「そうでなければ、試合にすらなりません」


 カッとなり地を蹴った。オモトはそれを挑発だと受け取った。


 素早く、力強く、真っ直ぐな突進。それでも槍は揺れることなく、オモトの手の内にありながら、撃ち出された矢のように、一直線に宙を走って相手へと向かった。


 間合に入るか否かと思われた瞬間に、槍は加速した。


 相手へ向かって正確無比に伸びる槍。神兵に相応しい正道な突きだった。


 アライソは足の捌き、腰の捻りと共に後方に伸びていた棒を横から振り上げて、突きを弾いた。


 もしもオモトが並の武芸者であったのならば、それは全力の突きであったため、弾かれた衝撃で体勢も崩れ、隙も出来たであろう。が、彼はその衝撃の、力の勢い、向きに乗り、体を旋回させつつ後ろへ跳んだ。槍の石突を地に突き立てて、棒高跳びの要領で更に遠くへ距離を取った。


 着地すると同時に、オモトは中段の構えを取った。


 だがその時には、既にアライソは相手の足元で身を屈めていた。間髪もなく、下方からの突きがオモトの顎へと向かっていた。


 それは直撃すれば間違いなく顎を砕いていただろうに。しかし棒の軌道は婉曲し、顎にも顔にも体にも接せず、オモトの眼前を通り過ぎた。


 当たらなかったのはアライソの技術の未熟さからだろうか。いや、これまでの体の捌きや構えや動きを見るにそれはない。練達のほどは確かである。突きがぶれるような、そんな未熟さなどある筈がない。


 だが戦闘の渦中にいるオモトはそうした余計なことは考えなかった。外れたという事実だけが全てだった。


 掌の内で槍を回転させて逆手に持ち、足下の敵へ突き下ろした。


 が、アライソたるものそう易々と討たれるものではない。突きが繰り出された頃にはそこにはおらず、槍の穂先は空を突いて、地に突き刺されるかに思われた。


 そうなってしまえば槍は地面に繋がれて、オモトは身動きが取れなくなるか、槍を捨てるか、いずれにしても万事休すだ。


 しかし穂先は地面に接する寸毫(すんごう)先でピタリと止まった。オモトの槍の扱いに狂いはない、全てが彼の意のままだった。


 見えなくなった相手を警戒するため、オモトは槍を長く持ち、大きく一周振り回した。当たるものなど何もなかった。


 アライソは遠く、間合の外まで跳び退いていたのか。


 いや違う。


 観衆は、おお、と喚声を上げた。彼らの視線はオモトの上空に向けられていた。


 アライソは跳び上がり、オモトの上方で棒を大上段に振り上げていた。


 落下と共に頭頂に向かって振り下ろされた。


 オモトは瞬時に(こうべ)を垂れて、打撃を避けた。棒は空を打った。


 が、それは避けられることが分かっていたかのように一回転して、今度は相手の首へと落ちた。


散椿花(さんちんげ)」。別名「椿(つばき)落とし」。それは相手の首根を切り、頭をごとりと落とす技だった。主としては刀剣で行われる技である。しかし武芸における身体操作は得物が違っても共通であり、技としての動作は刀であろうが棒であろうが同じだった。そしてこの技の要は、延髄に斬撃もしくは強烈な打撃を加えるところにある。そうして首をばっさりと断ち落とすための技だった。


 アライソはこれをオモトの首元へ、(たが)いなく放った。


 中庭には、時が止まったような静寂が満ちた。誰一人として声を立てる者はいなかった。身動きする者もいなかった。皆衆が目を見開いて決闘者二人の姿態を見詰めていた。


 アライソの頬に涼やかな潮風が吹き付けた。


 前へと屈んでいたオモトの体が傾き、崩れ、地に這った。彼の首は繋がっていた。四つん這いになった彼の首元の毛筋の上を、アライソの棒が押さえ付けていた。


 最後の攻撃はオモトの首に直撃していなかった。アライソは当たる直前、髪一本ほども空いていないギリギリの位置で止めていた。その寸止めは、妙技、としか言えなかった。


 首にほとんど接している棒から逃げようとして、最後の抵抗としてオモトは前に倒れ込んだのだが、その動きと同じ速さで棒は追った。膠で貼り付いたようにアライソの棒は相手の首を逃がさなかった。


 天から降り注ぐ陽光を背にしてアライソは這い(つくば)る対戦相手を見下ろしていた。オモトは目を閉じ、この結果を受け入れた。


シド「勝負あった!」


 主殿から声が響き、中庭は湧いた。


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