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3.1.6.旅人と将軍、そして若武者

 彼こそがこの神軍を統べる大将なのであろう。他の兵士達とは明らかに放つ威風が違っていた。


 案内の兵士らに連れられてその目前まで来たアライソが膝を突くと、重々しく口を開いた。


将軍「貴公が、話に聞くアライソ殿か」


 その声にはシノノメに劣らぬ重厚の気があった。


将軍「我こそが南方守護大将、鎮南将軍、志度(シド)である」


 目端が光った。


シド「うむ。貴公がシノノメ殿に托された人物か。話を聞こう」


 そしてアライソは先にしたものと同じ話を将軍にもした。


シド「東軍の伝達と相違はないな。報告感謝する」


アラ「いえ、私としましても、これを伝えると共にこの方角の安全も知りたかったものですから」


シド「うむ。貴公が神界を想っているのは真のようだ。安心されよ。この地に異常はなく、ましてや攻め入ろうとする不逞の輩など影も見えぬ。万事安泰そのものだ。


 しかし東軍が悪龍を征討せんとして進軍を始めるのであれば、当軍からも援護を出したかったものだが、伝使の来る頃には既に出立していたとのこと。水臭いものよ」


アラ「進軍を?」


シド「おお。そう言えば貴公が東軍と別れたのはその直前とのことだったな。聞いていなかったか。そうだ、貴公が離れた次の日に海へと打って出たそうだ」


 アライソは別れる直前のトヨハタの横顔を思い出していた。あの決意の表情は、そういうことであったのか、と漸くそれに思い当った。彼らの無事と武運を祈った。


シド「こちらはこちらで東軍の報を受けてから一層気を引き締めているのだが、不穏な気配も湧き出でず、他方にも連絡をしてみたが、北軍、西軍にも何ら異状はないとのことだ。どうやらその龍とやらは東方にのみ現れたようだ。警戒を怠らず守りを固めることに専念しよう」


アラ「ええ。それが良いかと」


シド「して、アライソ殿はこれからどうするおつもりか」


アラ「そうですね……。侵略者がないのであれば、一先ずは胸の痞えが取れましたから、私は見回りを兼ねて、これまでのように神界の諸方を巡りたいと思います」


シド「そうか。神界守護の任を受けた者として、我からも頼むぞ」


 ふっとその場の緊張が緩んだ。そしてアライソはぐっと思い入れ、微かな胸の痛みと共に、意を決したように口を開いた。


アラ「将軍、実は一つお願いがあるのです」


シド「何だ、言ってみよ」


 アライソはここに来る直前の頼みを思い出していた。あの可憐な少女からの頼みだった。


アラ「この軍には、オモトという兵がおりますでしょうか」


シド「オモトか。それはいるが、何故その名を知っている。勇名が東軍にまで届いていたか? いや、今はまだ、ただの一兵卒であるからして、そうとは考えられんが。まあ、いい。あれがどうした」


アラ「彼を、一時的に、ほんの数日で構いませんから、任を解いて頂けませんでしょうか。少しの間だけ、一日で構いませんから、本土の港町へ行かせたいのです」


シド「これは妙なことを。何故そのようなことを」


アラ「この砦に来る直前、彼を慕う者と知り合ったのです。その者が、一目で良いから彼に会いたい、と」


シド「ふふ。なるほどな。アライソ殿、貴公は情も知っているようだ。良い武士だ。しかし東方であのようなことがあり、よくよく守備を固めなければいけないこの時に、か。


 ううむ。いや、シノノメ殿、トヨハタ殿から信頼を置かれている貴公の頼みだ。よし、期日を定め、それを許そう」


アラ「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた。


 が、その後頭部を押さえ付けるような大声が響いた。


青年「私は反対です!」


 アライソも、シドも、その広間にいる全員が声の方を向いた。青々しく、瑞々しく、そして精悍な若衆が姿位を正して臆せず彼らを見据えていた。麗しいと言っても良い、眉目の整った凛々しい青年だった。


シド「オモト。お前は行きたくない、と」


オモ「はい、然様で御座います。将も仰ったように東方には危難があり、この地においても今は一人でも兵を減らしてはならない時。またそうでなくとも神界守護の大役を、そのようなことで放擲するなど、たとえ一日であろうと出来ません。私はまさに死ぬ時まで、この地を守る兵であります」


シド「よく言った。その覚悟、しかと耳に刻んだぞ。アライソ殿、すまないが、当人はこう申しておる」


アラ「しかし、私は」


 ミルメの顔が思い浮かんだ。あの喩えようもなく嬉しそうな、麗しい表情が脳裏を満たし、それを歪めることなど自分には出来なかった。


アラ「彼を、必ず、引き摺ってでも連れて行きます」


シド「ほう。意は固いようだな」


 彼はむきになっていた。


アラ「増してや、死ぬまでここに居るなどと聞いては、あの方が彼に一生会えないとなるならば、そのようなことは決してさせません」


シド「オモト、アライソ殿はこう言っておる」


オモ「私は行きません!」


アラ「連れて行きます!」


シド「埒が明かぬな。さて、どうする」


 両者は再び声を上げようとした。


シド「待て、待て。互いにこれ以上は何を言っても仕方がないわ。アライソ殿、貴公は、引き摺ってでも、と言ったな」


アラ「はい」


シド「つまりは、力尽くでも、と」


アラ「……ええ。そうです」


シド「それであれば話は早い。では力尽くで連れて行け。武者らしく一騎討で行くか行かぬか決めるがいい。オモト、異論はないな」


オモ「は。仰せの通りに」


 青年の目に闘志が灯った。アライソはその強く輝く双眸を見て、彼のことを、あの少女に相応しく思い、胸が痛んだ。


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