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2.2.2.懺悔

 荒磯は暫し無言になった。神人達のために働きたいという言葉には一切の偽りはない。本心だった。だがしかし、彼らのためと思いながら行ってしまったことを思い出していた。眉を顰め、女神に告白した。


荒磯「御寮はそうおっしゃって下さる。そして私もそうする所存です。しかし、私は、私は先程、御寮がそうして慈しんでおられる神人を、殺めてしまいました」


 冷や汗が流れた。言わなければ良かったと思った。口に出したことで、彼らを殺したという実感が戻って来てしまった。そして何よりも尊んでいる相手の怒りを買うのではないかと思った。しかし、


女神「そうね。許しがたいことだけれど、責めはしない。仕方がないわ。貴方は所詮、人でしかないのだから。殺生もするでしょう」


荒磯「違います! 殺したくて殺したのではありません! 理由があったのです! そうしなければ、あの時は、他の神人が殺されていたのです!」


女神「貴方は人なのだから仕方のないこと。弁明なんてしなくてもいいわ」


荒磯「そうではありません! 私は、決して、御寮の御子達を傷付けようとは、傷付けたいと思ったのではないのです!」


女神「ええ。貴方はきっとそうでしょう。責めてはいないわ」


荒磯「……」


 彼は女神をまじまじと見詰めた。彼女の瞳にはほんの僅かな(かげ)りも曇りもなかった。いつもと変わらず美しく輝いていた。彼へと注ぐ視線は以前までと何ら変わるところはなかった。


荒磯「……。何故、お責めにならないのです。何故、仕方のないことなどと仰るのです。私は御寮の世界の住人を殺めてしまったのです。どうか罰をお与えください」


女神「人なのだから、そうしたこともするでしょう。罪を犯すのも自然なこと。それが人の性なのだから。それが人というもの。わざわざ罰を与えるようなものではない」


荒磯「それでは、まるで、私が生まれながらの罪人のようではないですか……。罪を犯してしまったのではなく、罪を犯すのが当たり前であるかのような……」


女神「貴方は所詮ただの人間でしかないのだから」


 それに対する返事の言葉は持っていなかった。それから暫くして口を開いた。


荒磯「それでは、私は、神人と殺してしまったというこの気持を、悔恨の苦しみを、どうしたらいいのですか」


女神「好きになさいな」


 彼は女神の罰を与えないという残酷な仕打に絶望した。


荒磯「御寮は、ご存知ありません、私は既に、罪に苦しんでいるのです。その上これまで背負うことは……」


女神「既にとは」


 心は理性から離れて自分の口から放たれる言葉を止められなかった。黙っているべき事柄が漏れ出でてしまった。


荒磯「私は、これまで、ずっと、御寮の世界へ行く度に、御寮の世界に傷を付け、その世界に属するものを盗んでいたのです。偸盗の罪を、御寮の世界に瑕疵(かし)を刻む行いを、悔いているのです」


 そのこと自体の悔恨と口にしてしまった後悔とに反して、女神の反応は余りにもあっさりしていた。


女神「そのこと。知っているわ」


荒磯「では! 知っていて尚お送り頂いていたと」


女神「そうね」


荒磯「では、もしや、御寮の世界のものを持ち出すことは、罪ではなかったのですか」


女神「まさか。ものを奪い持ち去ることは罪に決まっているでしょう」


荒磯「……。それも、私が人間であるから、人間なのだから犯してしまう当然の罪だとおっしゃるのですか」


女神「そうね」


 彼はもう何も言えなかった。女神は全てを知っていた。その上で彼を自分の世界へ送っていた。罪が生じるのを承知で。そして彼のなすがままに、罪を犯すのを認めていた。


荒磯「そして罰はお与えくださらない」


 彼の瞳は慚愧(ざんぎ)に潤んだ。女神の輝く双眸とは何という違いだっただろう。


女神「私は罰を与えないけれど、だけど、あら、貴方は片目を潰しているのねえ」


 彼女の目を醜穢(しゅうえ)で汚すわけには行かず、俯いた。


女神「貴方は自分の罪を認めているのね」


荒磯「……はい」


女神「そして、止めるつもりは」


荒磯「……止めることは、出来ません。そうしなければ、現実世界で生きていけないのです。……」


女神「貴方は所詮ただの人間でしかないのだから」


荒磯「……ええ」


女神「人間は穢れを負って生きて行くしかないのだから」


荒磯「……はい」


女神「しかし貴方は自分がそうした人間であると認めた」


荒磯「……はい」


女神「今日はもう神界へは行かないのでしょう。ならば人の世界へ帰りなさい」


荒磯「……はい」


女神「次に来るのはいつかしら。楽しみにしているわ」


 両手を地に突き項垂れる彼を見下ろす女神の瞳は、慈愛の色が浮かび上がり、(こん)光明(こうみょう)を放っていた。


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