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2.1.23.偸盗

 陣内は静まり返っていた。昨日までは多くの兵が詰めていたのが噓のようだった。


 人一人いないそこを彼は無表情で歩き回った。何らかの思いが脳裏を過ぎれば苦しむことが分かっていたから()いて何も考えないようにしていた。


 自室から旅袋を持ち出し、既に通い慣れた武庫まで行った。今では守衛もいなかった。元より臨時の野営地であるため鍵なども当然掛かっていなかった。アライソは当たり前のように仕切りを(くぐ)り、中に入った。


 やや薄暗くはあるが薄い生地で出来た天幕を通して明かりが差し込み、周りを見るのに支障はなかった。


 壁際には何領かの甲冑が並び、十数本の槍が立て掛けられていた。棚があり櫃があった。奥には弦の張られていない弓があり、槌や鋤なども大量にあった。幕内には物が満ちていたが(こま)やかに整頓されていた。軍が武具をどれだけ丁寧に扱っているかが一目で感得された。


 式典がいつまで続くかは分からずまた途中で何かの理由で戻って来る兵もいないとは言えない。速やかに終わらせなければならなかった。それでも絢爛に精巧に作られた、まさに神軍の武具と呼ぶに相応しい物に囲まれていると、つくづく一つ一つを眺めていたい欲求に駆られた。


アラ「これは工作に使うためのただの斧に過ぎないだろう」


 それでもそれは頑健であると同時に優艶な曲線を描き神韻たる光を含んで、儀礼の道具であるかのように思われた。


アラ「これは単なる脛当に過ぎない」


 それでもそれには縁に緻密な装飾が施され、磨き抜かれた表面は、冷たい金属で出来ているのにも関わらず、温かみさえ感じられた。


アラ「これはぶつけ合い壊し合い、(すえ)には血に染まって役目を終える戦の道具などではない、美術品だ」


 もしも一つでも持ち帰ればそれだけで永代に暮らせる財宝のような印象があった。


 しかし現実は両手に抱えて持ち帰っても、機関はこれを多寡の知れる金額でしか買い取らない。憂鬱がふっと落ちて来た。


アラ「こんなに綺麗なものなのに」


 軽く頭を振って雑念を払った。何にせよどれかは盗んで帰らなければならなかった。


 あれかこれかを悩んで迷った。出来るだけ高く売れそうなものがいい。それでも出来るだけ彼らが気付きすらしないような些末なものがいい。


 自分の行いが明るみに出て責められるのを嫌がるような、そんな保身のために思ったのではなかった。彼らはこれから戦いに臨む。この世界を守るための使命を帯びて。彼らの大切な道具を盗み出し、もしも糸一本が足りなかったがために敗けるようなことになれば、それは自分のせいだった。


 神界のためにも彼らのためにも決して敗けては欲しくなかった。


 棚を覗き込み、櫃を開け、あれこれと物色してそれぞれ見比べた。ある(はこ)を開けると、そこには束ねられた鍔が納められていた。精妙な彫刻が施され、一つにつき四つの宝玉が埋め込まれていた。それが十二個を一束として錦糸で纏められ、そうした束が十余ほどあった。


アラ「これはいい値になるだろう」


 そして鍔ならば戦闘にそれほど影響はないだろう。アライソは一束取り出して旅袋に仕舞い込んだ。


 それから函に蓋をし、辺りを見回して荒らした跡が残っていないかを確認した。賊が入ったとは思われぬ神聖な静寂が武器庫に満ちていた。


 自室に旅袋を置いて何食わぬ顔で集会に戻った。兵士達は舞台に熱中していた。誰もがアライソが戻ったことどころか、抜け出していたことにすら気付いていなかった。舞台上では陣羽織を着けたトヨハタの頭に祭司が片手を載せて、唸るような声で訓示を述べていた。


 アライソもまた兵士達と同じように舞台に見入った。儀礼は夕刻まで続いた。


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