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2.1.16.敗路

 暫く歩いてから、シノノメは続きを語り始めた。


シノ「宝器があの龍に通用すると分かり、我はまず尾だけでも(なます)にしようと両剣を振るった。しかし、もう二度と奴の体に刃が触れることはなかった。


 尾を斬られた奴は既に遠くへと離れており、四つ足になり、姿勢を低くし、頭を胴より更に下げ、憎々しい眼を爛々と輝かせていた。地獄のような呻き声を上げて威嚇し、脚を強く踏み鳴らした。地が揺れた。


 握る宝玉から湧き出でる瘴気は濛々(もうもう)として天地を覆い、闇夜となった。ただ奴の眼と、上空の雷雲だけが光っていた。


 激しく(おぞ)ましい咆哮が上がった。雷雲が一瞬、白夜のように明るくなったかと思うと、稲妻が驟雨(しゅうう)の如くに降り注いだ。


 轟音を発する一撃一撃が床を貫き、城壁を砕き、柱を焼いた。そんなものが絶え間なく落ち続けた。我々は身を隠すところを探した。だが壁になるようなものは次々と割られて行く。


 我らは否応なく撤退し、城塞を放棄した。振り返れば城の上空は黒雲で覆われていた。黒雲は自らの発する雷で明滅していた。大気が明るくなる瞬間には、あの龍の影が浮かび上がって来るように見えた。城郭は砂山のように崩れて行く。


 見る影もない。篠突(しのつ)く稲妻は城塞を破壊した。


 それでも雷は止まなかった。既に城は崩壊しているのにも関わらず、あの龍は塵まで砕こうとしているようだ。雷のみに頼るのではない、奴の影は地を尾で叩き、脚で踏み付け、その破壊する様は狂乱しているようにすら見えた。


 悔しさで身悶えながら我々は逃げ出した。我が軍は壊滅したのだ。このまま戻ってどうなろう。


 半日ほど逃げても奴は追って来なかった。夜が更け、野営をした。そうしていると散り散りになっていた兵士らが篝火を見付けたのであろう、少しずつ集まって来た。夜が明ける頃には総員の四割ほどが集っていた。


 野営地に来ていない生き残りがいるにせよ、それでもここにいるのは四割だ。戦力は人員だけでも半分以下になってしまった。重傷者に軽傷者、戦える者はと言えば更に減る。


 酷い有り様だ。以前の覇気は見る影もない。幾つかの焚火をそれぞれに囲む兵らの意気は見るからに萎え、気力は消え失せ、卑屈に暗く沈み込んでいる。高揚と語られる言葉はなく、嘆きと悲しみと悔しさが兵らの口から洩れ()でて、忸怩(じくじ)たる想いが野営地を浸していた。情けない。負けた事実もさることながら、この様子が情けない、みっともない。敗軍とはこのようなものか。御霊様より使命を賜った我らがこれだ。


 しかしいつまでもこうしていられるものではない。奴がいつここを襲って来るか分からないからだ。


 出立の直前、進言をする者がいた。我が右腕としている部隊長だ。名を豊旗(トヨハタ)という。彼は我らにまずは逃げるよう言った。そして戦力を整え、軍を立て直すべきだと。万全の状態でもあれほどまでに叩きのめされたのだ、この状態では敵うわけがない。それは誰の目から見ても明らかだった。


 しかし未だに姿が見えないとはいえ、果たして逃げ切れるものだろうか。彼は言った、自らが捨て石となり将と本隊を逃がそう、と。奴と接敵すればどうなるか、即座に死に散らされるのは分かり切っていた。それは承知の上だった。


 我はそれを認めた。彼はすぐに覚悟のある三十二人を選んで部隊を編成した。志願する者はまだいたが、最小限まで切り詰めた人数がこれだった。反撃のために本隊の人員は可能な限り削れない、これだけにすべきだ、と。


 我ら本隊は彼らを野営地に残し、行軍を始めた。


 彼らは間もなく死ぬだろう。いや、もう既に死んでいるだろう。奴と戦って生き残れるわけがない。それでも時間を稼げればそれでいい。いや、奴がここまで来ていないのだ、充分に役割は果たせている。


 トヨハタと別れた我が、彼らがどのように戦ったか、戦っているかは分からない。しかし今頃は野に凄惨な屍を晒しているはずだ。


 恐るべきはあの龍だ。神兵として錬磨を重ねた我らが手も足も出なかった。あまりにも強すぎる。それが邪悪な意志を持って侵略を始めた。この世界は破壊されるだろう。


 堅牢を誇る我が城塞が、あれほど脆く打ち壊されたのだ。兵力などない村や町などひとたまりもない、瞬く間に灰燼と化す。全ての土地は焦土となり、全ての神人は殺される。


 何とかせねばならぬ。しかし我らには僅かな武具しか残っていない。必ずや、何としてでも軍を立て直さねば。せめて補給だけでもしなければ。世界の破滅を防ぐために。


 そのためには犠牲があってもやむを得ぬ。トヨハタのような。全世界を守るためであるならば、やむを得ぬ、兵でもない民にも協力を仰がねばならぬ、国土鎮護のためならば。


 焦燥に身を焼かれるが、負けた事実が意気を削ぐ。我々は無力だ。トヨハタらを見殺しにしてただ逃げている。何とも惨めな道行きだ。兵らは皆消沈している。運ぶ足に力はなく、引き摺っている。憮然として街道を上った」


 遥か過去の出来事のようにシノノメは語った。虚しそうに道の先を眺めていた。しかしそこでアライソを真向から見据えて()っとなり、


シノ「そうだ、この道だ。この道を我らは敗走して来たのだ。だが今、我らは引き返す。彼奴を返り討ちにするために」


 村での補給はならなかった。しかしアライソという強力な存在を得た。今度こそはあの龍を打ち倒す、勇壮な覚悟を纏っていた。


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