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5.2.10.盲者の説諭

 実((註4))のところを申し上げますと、天で争う龍王達は人間がこの世界に紛れ込んで来た時からそれが分かっておりました。それと言うのも、貴方はご存知のことでしょう、この世界には物質がありません、しかし人間には肉体があります。物質が入り込んだことにより違和が生じ、世界が歪み、そして何より、人間の身体から発せられる肉の臭い、それが芬々と漂っていたのです。しかし自分達に何をするわけでもない彼に対して注意などは払いませんでした。


 それであったのに地上から呼び声が聞こえます。人間が必死に叫んでいるのでありました。


 始めの内は聞こえようとも相手になどしませんでした。人間が一体何を喚いていたところで龍王達には関係のないこととだと思ったからです。


 しかし彼を無視して戦い続ける龍王達の近くに石が(かす)め飛びました。鋭い勢いの重そうな投石です。幾ら叫んでも見向きもされない人間が業を煮やして投げたものでありました。その軌跡の最も近くにいた龍王は肝を冷やしました。掠めただけでその威力の程が察せられたのです。


 なぜ盲人の、おそらくは初めて投げたであろう、ただの石にそれだけの威力があったのか。これも貴方はご存知でしょう、この世界の存在は精神のみ、しかし人間にはそれに加えて肉体があります。肉体を有しているその分だけ彼の力は強かったのです。


 龍王の一人が咆哮して威嚇しました。が、人間は空圧で一瞬怯みましたがすぐにまた石を拾い上げました。別の龍王が稲妻を落としました。が、人間は初めて目にする稲光に感心し、その後の落雷の音でようやくそれが雷であったのだと気付きましたが、それでも恐れず投石の姿勢を取りました。


 先に申し上げました通りに彼はもはや身の危険など恐れていなかったのです。ですから龍王達がどれだけ脅そうとも投石をやめることはありませんでした。


 次々と飛来する石に龍王達は閉口し、目線を交わして一時休戦といたしました。五人は地上に降り立って人の形と()り、人間と相対しました。


──お前は何者だ。


 青王が(ただ)しました。


──私は人間です。


 さも当然のように答えて続けました。


──聞けば貴方々はこの世界の(すめらぎ)とのこと。それがどうして天で暴れて地の人々を苦しめるのですか。


 龍王達は答えに窮しました。自分達が暴れれば天も地も人も苦しむことが分かっていたのにも関わらず、それでも争い合ってしまっていたからです。自責の念から逃れようとするかのように、赤王は厳しく言い放ちました。


──貴様は余所者だろう! どこから来た。


 人間は落ち着き払って答えました。


──娑婆(しゃば)という世界からやって来ました。


 被せるように白王が言いました。


──知らん。そんな何処とも知れぬ世界から、どうやって此処へやって来た。人間風情が世界を渡ることなど出来まいが。不審な奴め。


 睨み付ける白王に対しても人間は冷静そのものでした。『睨む』という表情を知らなかったのです。盲目蛇に怖じずと言いましょうか。その歪んだ顔付が怒りを表現しているものだとは分からなかったのです。いえ、それでも白王の語気から怒っていることは分かりました。しかし覚悟を決めていた彼は怯えたりなどいたしませんでした。


──私は元は盲目でした。それが気が付けば此処にいたので御座います。おそらくは世界の(さかい)が破れてそこへ落ち込み、流れ込んでしまったかと。境が破れた原因に、心当たりはありますまいか。


 白王もぐっと黙らずにはいられませんでした。自分達こそがその原因だと分かり切っていたからです。


 話を逸らそうと黒王はまた問いました。


──それで、貴公は何者だ。


 人間は再び答えました。


──私は娑婆という世界から来た人間で、……。


──それはいい。身の元を(つまび)らかにせよ。


 こう言われて人間は初めて視線を落とし、やや迷いの表情を浮かべてから、それでも答えなければならぬと諦めが付いたのか、口許を動かし始めました。


 彼の言うところによれば、この人間は元の世界ではやんごとない生まれであったとのこと。しかし盲であることから御所から遠ざけられて寂しい山中で庵を編んで暮らすようになったとのこと。ある時、姉が庵を訪ねてくれたことがあったが、彼女はすっかり気が触れており、逆立つ髪を撫で付けないほどであって、互いに別れを告げるともう二度と逢うことはなかったとのこと。


 その後は誰一人として訪れる者もない侘しい隠遁生活を送っていたのだが、気が付けばこの世界に流れ落ちていたとのこと。


 ここでは生来の盲も晴れ、初めて目にものを見ることが出来るようになっており、暫しの感動に浸ったのだが、それも束の間、この世界が地獄のような有様であるのに恐ろしくもなり、出会った住人と言葉を交わせば、それは天で暴れる龍王達が原因であるとのこと。そしてその龍王こそが、本来はこの世界の王であったのだとか。


 自らも元は尊い生まれであったことからこの世界の王の振る舞いに黙っていられず、荒れ果てたこの世界を鎮めようと思い立ち、そしてまた、初めて知った光の世界がより美しくなることを願ったとのこと。


──この世界の住人が言うには、ここはかつては美しく安らかな神の世界と呼ばれるに相応しい場所であったとか。それが王たる貴方々が平静を失ったせいでこのようになってしまったと聞きます。どうか民草のためにも争いをやめて頂けませんか。


 龍王達は深く恥じ入り黙り込んでしまいました。重々しい沈黙が六人を圧するところに染み入るような声を出したのは五郎でした。


──我としても領土は欲しくはあったのだが、世界のものを苦しめたいと思ったのではない。


 他の王達もそれぞれ頷きました。


──我々もまた領土を守りたかっただけであって、世界を苦しめることなど望んではおらん。


 しんとした沈黙が再び漂いました。気まずさの中で人間が言いました。


──諸王の方々も元来平穏を望んでおられると分かって祝着に御座います。それでは争うに至った諸々の事情もあることかとは愚考しますが、どうかここは私の顔を立てて頂き、矛を収めては頂けますまいか。


 じっと、王達は考え込みました。それが出来るのならば最善であるのが誰の目にも明らかでした。


──それでは。


 と五郎が言いました。


──貴方に仲裁をお願いしたく思いますが、兄君達のお心持は如何。


 四人の王も渋々と(うなず)き、人間に講和の仲立ちを頼みました。


 そうして六人は場所を改めて卓を囲み、王達はそれぞれの言い分と要望を人間に伝え、人間はそれらが丸く治まるよう講和案を出しました。ある王が納得しても別の王が拒否したりと会議は中々進みませんでしたが、人間は別の案を提示したり、王達を説得したりと骨を折り、最終的にはどうにか全員の合意を得ることを成し遂げました。


 そのようにして新たな所領の分配が決まりました。それは即ち次のようなものでした。


(註4)このエピソードは「五郎王子譚」を脚色・改変したものです。


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