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2.1.8.神人との交わり

 だが、それにしても、とアライソの思考には別の疑念が浮かび上がった。この村は、なぜ襲われていたのだろうか。あの兵士達もまた神人だった。神界の兵士らが、どうして神界の村を襲うのか。争いなど起こらないはずのこの世界において、それでもそれが起こったのだとしても、村人達は無力であり、戦闘も一方的だった。


 それについて神人達の中でも最も落ち着いた雰囲気のある者が答えた。


村長「彼らはこの村を欲しがったのでございます」


 眉間に雲を差して言った。


村長「先日、彼らがやって来て、この村の食糧と資材、土地をそのまま明け渡せ、と」


アラ「いきなりですか」


村長「ええ。食事などはしなくとも生きていける我々ですが、土地を奪われてしまっては生きる場所がありません。寝る所もなくなってしまいます。それに、食料がなくても生きていけるとは言え、ものを食べれば気力になります。霞を食べて生きていける我々であっても、形のあるものだって食べたいのです。それはとても楽しいことですから」


アラ「それで貴方々は拒否したのですね」


村長「はい。せめて何かと交換であれば良かったのですが。着の身着のままここを追い出されてしまっては我々も困ってしまいます」


アラ「当然です」


村長「それでお断り申し上げたところ、あのように。村を焼き」


アラ「人を殺し」


村長「略奪を始めたのでございます」


アラ「無茶な」


村長「そして我々は捕らえられ、殺されるのか、曳き回されるのか、どうなってしまうのか分からなくなってしまったところに、貴方がいらっしゃったのです。そして我々は救われた。やはり貴方は御霊様より遣わされた守護者であるとしか思えません」


アラ「女神の御意志であればそのような手間は掛けずとも、御自らで貴方々をお救いすることも、敵を御退(しりぞ)けになることも出来るはず」


村長「同時にこうして貴方を御遣わしになることも出来ます」


アラ「ええ。ですが、彼らは一体何者です」


 神人は一層眉根を暗くした。


村長「彼らは、神兵です。御霊様よりこの世界を守るようにと使命を受けた者達です。そんな彼らが、守るべきこの世界の村を焼き、同胞たる我々を襲ったのです」


アラ「馬鹿な! ありえない」


村長「そうです。そんなことはありえないのです。しかし起こったのです」


 アライソは絶句した。どう考えればいいのかも分からなかった。神兵は村長が言ったようにこの世界を守護するための存在だ。それが神界を破壊し、神人を殺し、平和を(おびや)かすなどありえない。同じ言葉が幾度となく彼の思考を巡り回った。


村長「何にせよ、ありがとうございました」


 そこへ、さやさやと衣擦れの音がして、見れば見目麗しい神女が穢い襤褸(ぼろ)の塊を胸に抱えてこちらへと向かって来ていた。するすると進んで来る様は足で歩いているというよりも空を滑っているようだった。その神女はアライソに柔和な笑みを向けた。


神女「御使い様、これは、貴方のものでございましょう」


 そう言って差し出す両手には、彼の現実世界から持って来た旅袋が乗っていた。アライソははっとして落としたことを思い出し、それから恥ずかしくなった。


アラ「然様でございます。お届けいただきありがとうございます。しかし、そのようなものをお持ちになってはいけません。御手が汚れます」


 それは飽くまでも現実世界の物質であり、神界の人々の神聖な手に触れさせてはいけないものだとアライソは思った。しかし神女はクスクスと笑い、


神女「まあ、御使い様はご遠慮深い。汚れるだなんてそんな。お荷物を運ぶくらい私でもやりますわ」


アラ「汚いですよ」


神女「そんなことはありませんわ。この通り」


 と、彼女は清らかな頬を血泥に(まみ)れた旅袋に擦り付けた。アライソは慌てふためいた。その様子に神女はコロコロと笑い、


神女「御使い様は大変慎み深くいらっしゃる。いえ、申し訳ありません、戯れが過ぎましたわ。これをお返しいたします」


 アライソは旅袋を受け取った。それにしても見れば見るほどこんなものは穢らわしい襤褸にしか思えなかった。ただでさえ塵と汗とが染みになっているのに、今では血や泥や煤で汚れて、更には槍で裂かれた穴まで開いていた。


 中身はこの世界に来た時と同様にいっぱいだった。落ちたものも彼女が拾って入れてくれたのだろう。しかし裂けていてはもう袋として役には立たない。


神人「どうか致しましたか」


アラ「いえ、破れたところを繕いたいと」


 しかし神界ではものが壊れたり破れたりすることは先ずないために、修繕の道具もここにはなければ、裁縫の技術を持った者もいなかった。アライソも神人達も困ってしまった。


 そんなところに先程の神女がはっとして、


神女「あ、私、刺繍なら出来ますわ」


 そう言ってアライソの手から旅袋を拾い上げ、どこかへと行ってしまった。


 彼女を茫然と見送った後、彼は再び神人達と互いへの敬意と謙遜とに満ちた遣り取りをした。彼にとってこの交流はこれまでの人生で最も幸せな経験だった。憧憬してやまない人々との会話、それもその相手が自分のような者に好意を持ってくれているのだ。至福の時間だった。


 そうしていると旅袋を受け取った神女が戻って来た。


神女「お待たせを致しました。ご満足頂けるかは分かりませんが、私としましては一生懸命に刺繍いたしました」


 アライソは彼女からまた袋を受け取った。


 旅袋には、破れた箇所を跨って、何羽もの小鳥が縫い込まれていた。その可愛らしい刺繍が(つくろ)い糸の替わりを果たしていた。


 しかしこの刺繍では、いい年をした大人の男が持つ物としては可愛すぎて、アライソはちょっと困ってしまった。


 彼の眉が少し下がったのを見て、


神女「小鳥よりも兎や麒麟の方がお好きでしたでしょうか」


 と、不安そうに。


アラ「いえ、小鳥は、好きです」


 慌てて手を振った。苦笑をしつつもアライソは、神人の無邪気さを見て、彼らが一層好きになった。


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