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5.2.5.三兄との衝突

童子「結((註4))論から言えば、三郎との交渉も相成(あいな)らず、矛を構えることとなりました。三郎は称号を白王(はくおう)とし、居城を白の宮殿と呼び習わしておりました。


 白王は姿を金神(こんじん)へ変じて、領土の割譲を求めた不埒な妹を排しようといたしました。


 既に青王、赤王と事を起こした五郎ではありましたが、この白王の怒りには冷汗を流しました。それと言うのも白王の変じた金神は、前の神々よりも恐ろしいものであったのです。怜悧(れいり)な金神を前にして、五郎ですら彼に敵うだろうかとたじろぎました。


 白王は五郎との間に剣の山を築きました。鋭利な刃物の立ち並ぶ大山は易々と越えられるものではありません。更に王は山中を疫病で満たし、息をすれば悶え苦しみ、白刃で傷を負えば毒で体が腐り落ちるように計りました。


 真っ直ぐに攻め立てられない五郎は山を回り込むしかありませんでしたが、白王は無数の刀兵を生じさせ、姫宮の左右を固めました。


 五郎は後ろを振り向きました。進む道はそこしか残っていないからです。左右の刀兵が寄り来るのを見、彼女は後ろへ走り出しました。


 が、その時、残されていた後方の道は死喪(しそう)の河に阻まれたのです。もしも後もう一歩を踏み出していれば彼女は河に呑み込まれている(ところ)でした。


 しかし周囲からは数知れぬ刀兵が迫っています。


 姫宮は覚悟を決めて死喪の河へと跳び込みました。これで彼女は終わったと誰もが思ったことでしょう。ただ白王だけが、何を考えることもなく、視界に映る光景を冷酷に眺めておりました。


 一刻、二刻、五郎が跳び込んでから(しば)しの時が流れましたが、彼女の死臭は昇って来ません。


 岸辺に並んだ刀兵達は皆一様に河面を眺めておりました。


 兵士達の視線の先、そこには河の流れの怒濤の中に、大陸のような大磐石が鎮座していたのでありました。そしてその上には五郎が悠然と立っていたのです。この大磐石とは彼女が先王の宮殿から持ち出した旅袋から取り出したものでありました。


 巌は幾ら死喪の波を浴びようとも、砕かれもせず溶けもせず、不動のままに何ら影響を受けてはおりませんでした。何故なら岩とは始めから生きてはいないのですから。


 五体無事に岩に佇む五郎を見、白王は顎を動かし刀兵達に指示をしました。刀兵らは震えながらも次々と河へ身を投げました。


 兵士達の死骸は流れて行きましたが、その上に別の兵士が飛び乗ります。そして彼も身を投げて、他の兵士が飛び乗ります。彼らはそれを繰り返し、舟から舟へ跳び移って行くように、次第に五郎の岩へと近付きました。


 五郎は急ぎ旅袋から神器の長剣を引き抜きました。彼女は剣で盤石の表面を薄く切り、細長い板に()()いて、再び河へと跳び込みました。


 彼女は岩板を両足で踏み締めて着水しました。そして岩板を重心の移動で左右に操り、死喪の河を波乗りの要領でするすると滑って行きました。高い波をも乗りこなしては大きく動き、低い波では悠々と乗り越えて行きました。


 河面に白い曳波(ひきなみ)を伸ばしつつ、素早く進む彼女には、もはや刀兵は追い着けません。水上を自在に動いて河を大きくぐるりと回り込み、刀兵の(たむろ)する岸辺から離れて無人の陸地に近付きました。と、丁度その時、これまでにない大波がやって参りました。


 岩板は見事その波を捉えました。五郎の乗った波頭は高く、大波は陸地を襲いました。岸辺に被さり、大地を覆い、波は彼女と白王を隔てていた剣の山まで達しました。


 が、波濤は山()す剣に砕かれて、剣山の頂上で力尽き、五郎は宙へと放り出されてしまいました。足場の水を失った彼女は剣々の切先へと落ちて行きます。一瞬の後には彼女は剣先に貫かれ、切り裂かれてしまうでしょう。


 しかし五郎は足下の岩板に両手を当てて神気を入れました。すると岩板は元の姿に形を戻し、大磐石の重さを()って剣を()し折り、山を潰してしまったのです。


 もはや隔てるものはなく、白王との間には大陸のような岩地が広がっているばかりです。


 五郎は旅袋に片手を入れながら白王へ向かって駈けました。


 白王はそれを迎えて片手を前に突き出しました。掌からは無数の針や釘が飛び出します。それらは五郎に襲い掛かりました。


 針鼠となるかと思えた五郎は宇浮絹鎧(うぶぎぬのよろい)を身に纏い、針釘の放射をものともせずに突き進んでおりました。この鎧とは胞衣(えな)に似たぶよぶよとした絹で出来、当たるものを後方へと受け流してしまうのです。彼女は走り駈けつつ旅袋からこれを取り出して体に巻いていたのです。


 白王の攻撃を正面から浴び、後ろへ流して、怯まず前へと駈けて行きます。


 向かい来る五郎を前にして、白王は全身から更に刃物と疫病を滲み出させました。


 五郎は白王へと迫りつつ、呪印を切って豪火を放ちました。赤王が操っていたものに比べれば熱も規模も小さなものではありましたが、それは疫病を焼き尽くし、刃物を溶かすには充分でした。


 物の具を解かれた白王の元まで辿り着き、五郎は彼を縛り上げるべく旅袋に手を入れました。


 が、白王の瞳は動揺もせずに冷酷に彼女を見詰めています。


 その視線にぞっとなり、また白王が身動(みじろ)ぎして何かをしようとしたのを察知し、五郎は慌てて、


──兄君(あにぎみ)、我は兄君と事を起こそうとは思いません。しかし兄君がこの様子では話が出来ませんから、気が変わった頃にまた来ます。


 それだけ言って逃げ帰って行きました。五郎の後姿を冷たい視線で眺めつつ、白王は追い掛けたりなどしませんでした。黙って彼女を去らせました。


 白の宮殿から遠く離れてから、ようやく五郎はほっと息をし、


──駄目だ、駄目だ。我は兄君達と喧嘩をしたいのではない。今度こそは落ち着いて話を聞いて貰おう。


 そうして冬と北とを司る、四郎の領地へ向かうのでした」


 ここで童子は口を結んだ。瞬時躊躇った様子を見せたものの、しかし彼の胸に生じていた万感の想いは童子の唇を突き動かした。


(註4)このエピソードは「五郎王子譚」を脚色・改変したものです。


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