5.2.4.次兄との謁見
童子の目には生気が溢れていた。先程までの感情を亡くしたものとは打って変わり今では爛々と輝いていた。しかしアライソにはその輝きが何か不吉なものに感じられた。童子の唇は動きを止めない。
童子「二郎はこの頃、自らを赤王と号して赤の宮殿で政を執っていました。
青王の元で起きた事も未だ知らず、階下に居並ぶ官吏にものを申させ、悠々と政事を取り仕切り、迷いのない声で勅を発しておりました。
五郎が宮殿に入り込んだのは丁度そうした折でした。彼女は列を成す群臣達の後につきました。てきぱきと奏上が捌かれて行く様子を見、姫宮は感歎しながら順番を待ちました。
そうして自分の番が来ると憚ることなく赤王の前に進み出ました。
赤王は見たことのない少女を怪しみながら誰何しました。彼女は堂々と答えます。
──兄君、初めてお目に掛かります。我は兄君が父の宮殿を離れた後に生まれた者で、名を五郎と申します。兄君の妹で御座います。我が生まれていたことを兄君はご存知でしたでしょうか。
先の青王の時よりも心持丁寧な物言いでした。青の宮殿での騒動を反省していたのです。
最初は怪訝な面持をしていた赤王でしたが、彼女の言葉を聞くに従い、みるみる内に表情を険しくして行きました。このような前提から話し始めること、ただ兄妹として懐かしみ、親しみに来たのではないと分かったのです。
それでも国土の統治者として感情を律し、抑えた声で話の続きを促しました。姫宮は恐れも知らずに言い放ちます。
──兄君、我も父の子であります。ならば我にも領地があって然るべき。どうぞ兄君の領土を幾分か譲って下さいますよう。
決定的な一言に、赤王はもはや堪えたりなどしませんでした。大喝して立ち上がり、空間が歪むほどの熱を持った視線で睨め付けました。群臣達が恐れて逃げて行くのも一顧だにせず、それでも怯まぬ五郎だけを凄まじい形相で睨み付けておりました。
──我が領土を奪いに来たか。
──奪うなど。我はただ自分の取り分を頂きたいだけで、
──いくら言い回しを捏ね回そうと貴様にくれてやるものはない! 貴様の取り分など元よりないわ!
姫宮は礼儀も弁えず溜息を吐き、まだ何かを言い出そうと口を開きました。それで赤王は彼女が諦める気がないと知り、自らの領土を狙う危険な輩を排除するため、
──我が領土を狙うからには妹も何もない!
その身を火神へ変じさせ、玉座の間を炎の渦で取り囲んだのです。
四方の壁は燃え盛り、天井では炎の舌先が絡み合っています。二人は炎熱の中に閉じ込められました。
逃げ道をなくした姫宮は、周囲から降り注ぐ火の粉を浴びながら、次兄ともまた戦わなければならなくなったと落胆しました。
しかし幸いにも臣下らは王の激怒に恐れをなして既に逃げ去り一人も残っておりません。どのように暴れようが気遣う相手はいないのです。
五郎は先王の宮殿で教育されていた頃に学んだ呪印を両手で切り、神言を舌先に載せました。それを香る吐息と共に空に放つと彼女の柔肌には清水が滲み、それは溢れて流れ出し、瞬く間に瀑布となって玉座の間に満ちました。
宮殿を覆い尽くしていた大火は暴流によって洗い流され、今や赤の宮殿は焼け焦げた骨組みしか残っていません。
黒く焦げ臭い柱が林立する玉座の間に二人は対峙しておりました。
二郎は更に怒りを猛らせ、次なる火炎を放ちましたが、それも五郎の水流にて消し去られます。
──兄君、無駄です。いくら炎を放とうが、我の術には及びません。
それを聞いて二郎は憤慨して繰り返しますが何度やっても同じことでした。
姫宮は悲しそうに首を振り、
──兄君がこの様子では話が出来ませんから、落ち着いた頃にまた来ます。
そう言い残して赤の宮殿を去りました。
五郎は天を仰いで長嘆息し、
──また話を聞いて貰えなかった。
呟いて今度は秋と西とを司る三郎の元へと向かって行くのでありました」
童子の語り口は徐々に早くなっていた。休みもせずに更に続けた。
(註4)このエピソードは「五郎王子譚」を脚色・改変したものです。