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5.2.3.長兄との邂逅

 童子の語りは活気を帯び始めていた。アライソはそれに気付いたが、童子は話し相手を顧みることもなく語り続けた。


童子「太((註4))郎は春と東の王として、青王(せいおう)と名乗るようになっていました。


 宮殿に辿り着いた五郎は玉座にて青王に謁見すると、包み隠さず領土を分けてくれと言いました。


 突然の来訪者の唐突な申し出に青王は驚き、貴様は何者かと問いました。五郎は素直に、自分は先王の第五子で貴方の妹だと答えました。青王は密かに眉を曇らせました。それに気付かず五郎は続けて、自分にも父の領土が配分されて然るべき、だから兄君(あにぎみ)の領地を幾らか分けてくれ、と言いました。


 青王は彼女の立ち居振る舞いから先王の子だとは察しましたが、疑っているような振りをして、その証拠を求めました。そうしたものがなければ、おかしな奴として追い出すつもりであったのです。


 五郎は困り果てました。宮殿から宝物を幾つか持ち出して来ていましたが、先王由来と示すに足るものがあるとは知りませんでした。


 (しば)し迷い、青王が側近に彼女を追い出すよう命じようとしている(ところ)へ、はっと気付いて言いました。


──兄君(あにぎみ)、我が()んでおります懸帯(かけおび)に見覚えは御座いませんか。この八尺の懸帯は母が身に付けていたものであります。先だって我に下賜(かし)されて、我が使う日はありませんでしたが、兄君に会うこの晴れの日には、と結んで来たので御座います。


 青王は返事に(きゅう)しました。その懸帯は(まさ)に先王が王妃に贈ったものであり、彼女が(いた)く大切にしていたものであったのです。


 知らぬ振りをしようともしましたが、既に過ぎた数瞬により、今更言っても嘘だと見破られてしまうでしょう。()む無く青王は五郎を妹だと認めざるを得ませんでした。


 五郎は答えに喜んで、それでは自分の所領をくれ、と言いました。


 青王は目を怒らせて断固として拒否しました。それに対して、


──何故ですか。我も父の子であります。ならば我にも領地があって(しか)るべき。


──血を分けた兄妹であろうと地を分けるのは相成(あいな)らぬ。相続配分は円満に終わり、今更覆すのは道理が合わぬ。


──しかしその配分時に我は生まれておりませんでした。我は合意していません。


──生まれていなかったと申すなら、それを理由に諦めよ。


──出来ません!


 喧々囂々と口論が起こり、両者ともに引きません。怒り、突っ撥ねるだけでなく、青王は(さと)そうとも致しました。


──五郎よ、よく聞け。遺産は既に分けられた。遥か昔に終わったのだ。そして我ら兄弟は継いだ領地をよく治め、天下は太平を取り戻した。草木国土斉民が平和を享受しているのだ。それを再び乱そうと言うのか。


──しかし我の合意がない以上、その平和は不当なもので御座います。不当な平和とは偽りのものであり、乱世よりも忌むべきものです。


 青王はその言葉にカッとなり、


──我らの治世を偽りと申したか! 忌むべきものと!


 大音声(おんじょう)にて家臣らを呼び集め、


──不逞(ふてい)(やから)だ! 追い出すだけでは事足りぬ! 斬り殺せ!


 物々しく武装した臣下達が雲集し、幾百とも知れぬ長物が姫宮へと向けられました。五郎は嘆息し、


──嘆かわしくも兄君は矛を構えると仰るのですか。


 黒山の兵士達が姫宮へと打ち寄せます。それを彼女は素手で迎えて、振り下ろされる矛を()ぎ取り奪い取り、逆に兵へと叩き付けます。


 次々に押し寄せる凶刃を、打ち落としては斬り払い、千切って投げては踏み潰し、青王の部下をざんざっぱらに(ほふ)り去って行きました。山()す兵士が積み上げられて行く(さま)を見ては、雑兵で彼女の相手は務まらないと分かります。


 青王はそれを察して自ら彼女を相手取らんと、自らの姿を木神へと変えて立ちはだかりました。宮殿の見上げる天井を突き破り、天空にも達する大樹の形と()ったのです。


 床に敷き詰められた石畳が(めく)り上がり、そこから木の根が突き上げられました。根は足元から五郎へ襲い掛かります。


 彼女は軽やかに避けつつも、素早く旅袋の口を開いて、二振りの輝かしい長剣大太刀を取り()だしました。一目で正しき由緒があると察せられるそれらこそ、先代の宝物庫から持ち出した神器の刀剣であったのです。


 姫宮は諸手(もろて)に構えて暴れる木の根を断ち斬りつつ、樹海と化した玉座の間を()せ、青王の幹へと向かって行きました。青王は太い枝を伸ばして圧し潰そうとしましたが、二振りの神器に切り裂かれるばかりです。


 息吐く間もなく五郎は青王の元に達すると、長剣を幹に深々と突き刺し、大太刀を両手で握って横殴りに、斧のように薙ぎました。


 向こう側の樹皮一枚を残して青王の幹は断ち斬られ、彼は言葉にならない叫び声を上げて元の姿に戻りました。


 腹を押さえて(うずくま)り、脂汗(あぶらあせ)を滴らせながら五郎を睨み上げます。睨視(げいし)を受けて姫宮は、ゆるゆると刀剣を旅袋に納めて残念そうに、


──兄君がこの様子では話が出来ませんから、傷が癒えた頃にまた来ます。


 そう言って青王の宮殿を立ち去りました。


 肩を落とした五郎は次に、夏と南を(つかさど)る、二郎の領地へと向かいました」


(註4)このエピソードは「五郎王子譚」を脚色・改変したものです。


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