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5.2.2.五郎の姫宮

童子「先((註4))代の王妃の生み落とした子は女の子でした。生まれる以前からの命名で、彼女は五郎と名付けられておりました。人々からは五郎の姫宮(ひめみや)と呼ばれることとなりました。


 五郎は異形でもありました。聞き伝えられるところでは、生まれた時から歯が生え揃い、前歯は二列あったとか。生まれて間もなく人語を解し、一年も経つ頃には青年ほどに育ったとか。腕は八本あったとも聞きます。


 生まれて暫くは先王の宮殿から出ることもなく養育されておりました。旧臣達が世話をして、何不自由なく暮らしていたそうです。まるでそこだけが先王の時代であったように。かつての全てが一つであった時代のような平安な生活をしていたので御座います。そのまま揺り籠の幸福を享受していれば良かったものを。


 ところが五郎は聡明に過ぎたのです。庭に飼われる牛を見て、木に巣を作る鳥を見て、生けるものには父と母とがいることを知るようになったのです。自分には母しかおらず、父がいないことに気が付きました。


 五郎は王妃に何故自分には父がいないのかと(ただ)しました。王妃は誤魔化そうとしましたが、(よど)む答えに直ぐに五郎は母が何かを隠そうとしていると察しました。


 そうなれば次々に繰り出される問いは鋭くなって行きました。そしてとうとう王妃は父はお亡くなりになったのだと口にせざるを得ませんでした。


 それを聞いても五郎の疑問は終わりません。それでは自分の父は何者なのかと問いました。王妃は再び口籠りました。


 五郎の疑問は次々と湧きました。なぜ母君(ははぎみ)はそうお隠しになろうとするのか。語られぬ理由があるのか。


 王妃は姫君を宮殿の中だけで育てるつもりでありました。暮らしに困ることはない。先王の遺産は充分にある。面倒を見る家臣はいる。(つい)の時までここで安楽に過ごして行けば良い。望むのならば婿も迎えよう。そうして宮殿の内で一生を送るのが彼女にとっての幸せなのだ、と。


 五郎の疑念は止まるところを知らなくなり、父の身の上のみならず、自分の境遇にも疑いを抱くようになりました。


──鳥には巣があり牛には牛舎がある。この宮殿は我の住処(すみか)なのであろう。ならば外の世界も必ずあるはず。なぜ我は外の世界に出られないのか。どうして母君は我を出さないようにしているのか。


 王妃としては、上の兄弟達が先王の領土を相続し、五郎にはないと知ればきっと嘆くであろうと考えて、我が子に悲しみを与えないためにそれらを教えたくなかったのです。


 姫宮の問いは更に鋭くなりました。


──我には身の回りの世話をする家臣がいる。それを抱える身分だということだ。この我の住処の宮殿は大層広い。それだけの財産があるということだ。我は一体何者なのだ。父はどんな方だったのだ。


 王妃は(きゅう)し、ついに先王のことを話さなければ行けなくなりました。


 五郎はそれを聞いて感歎し、では父の世界が見たい、と言いました。王妃は止むを得ず彼女を宮殿の外へ連れて行きました。


 門を出るまで期待に輝いていた五郎の目は、世界を見ると色を失い大きく見開かれました。


──母君、話が違うではありませんか。世界は一つの父のものであったはず。なのにこれを見るに世界は四方に分けられております。東西南北の四つに離されております。時季も四つに分けられて、(せつ)で区切られている様子。四つに(へだ)てられているこれが、父の一つの世界であると(おっしゃ)るのですか。


 王妃は兄弟と相続のことも話さなければ行けなくなりました。それを聞くと五郎は、王妃が案じていたように、深く嘆き悲しんだのです。


──ああ、我も父の子であるというのに。どうして我には受け継ぐ土地がないのであろうか。


 しかしその後に取った行動は、王妃の予想の外でした。


──我も父の子であるからには領土を継いでも良い筈。兄君(あにぎみ)達に掛け合ってみよう。


 そうして王妃が止める間もなく宮殿中を駈け回ったり宝物庫を引っ繰り返したりして旅支度を整えて、外へと跳び出して行ってしまったのです。その先に何が待っているとも知りもせず。


 彼女が最初に向かったのは、春と東とを領治する、太郎の元でありました」


(註4)このエピソードは「五郎王子譚」を脚色・改変したものです。


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