夏休みの間、美人コスプレイヤーが主催しているラジオ体操に毎日参加したら……!?
「お兄ちゃん、起きて起きてー」
「んん?」
夏休み初日。
優雅に惰眠を貪っていると、9歳になる妹の葉那に無理矢理起こされた。
「勘弁してくれよ葉那。俺は夏休みの間は毎日昼まで寝るっていう縛りを課すことで、呪力を底上げしてるんだよ」
「そういうのはいいからー。ラジオ体操に連れてってよー」
「ラジオ体操?」
葉那が?
確かにラジオ体操は夏休みの風物詩ではあるが、毎日家でアニメばかり観てる、生粋のインドア派である葉那がラジオ体操だと?
どういう風の吹き回しだ?
ひょっとしてこの葉那はもう死んでいて、遺体をドラゴンが操っている状態だとでもいうのだろうか?
「あのね、ブリキュアがラジオ体操やってるんだって!」
「…………は?」
どゆこと?
「ほらお兄ちゃん、あそこだよ!」
「……おお」
眠い目を擦って葉那と二人で駅前の公園に来たところ、そこには既に10人近い人が集まっていた。
しかもそのほとんどは、葉那と同年代の女児ばかり。
「よい子のみんな、よく来てくれたね! これから私と一緒に、ブリキュア体操頑張ろう!」
「「「おー!」」」
その女児たちの前でカッコイイポーズを決めているのは、現在放送中の『バーニングブリキュア』の主人公である、『ブリレッド』のコスプレをした20歳前後の美女。
炎をモチーフにしたフリフリのミニスカドレスを身に纏っており、髪もブリレッドと同じく真っ赤に染めている。
なかなかに本格的なコスプレだ。
だがその中で、首に下げているシルバーのネックレスだけは浮いていた。
はて?
ブリレッドはあんなネックレスはしていなかったはずだが?
「わーい、ブリレッドカッコイイー!」
ブリレッドの大ファンである葉那は、指に嵌めているオモチャのブリキュアリングをブンブン振りながら大歓喜している。
なるほど、葉那がここに来たいと言っていた理由がわかったよ。
「それじゃあいくよ! ブリキュア体操、スタート!」
「「「バーニーング!」」」
軽快な音楽と共にブリキュア体操が始まった。
ブリキュア体操はバーニングブリキュアのエンディングで流れている曲で、子どもでも真似しやすい体操になっているので、全国の女児たちの間で大流行しているらしい。
SNSの『踊ってみた』系の動画でも、よく見掛ける。
「ほら、お兄ちゃんも一緒にやろ!」
「あ、うん」
まさか高校三年生にもなって、女児に交じってブリキュア体操をやることになるとは思わなかったが、ここで斜に構えて拒否るのも大人気ないしな。
俺は恥を捨て、全力でブリキュア体操を披露した。
思えば俺も小学生の頃は、夏休みの間この公園にラジオ体操で通ってたっけな。
あの時はメガネで細身の優しそうなオジサンが主催してたなぁ。
そうだ、思い出した。
確かそのオジサンの息子が俺の一個上だったから、そのおにいちゃんと一緒にラジオ体操してたんだ。
毎日通ってスタンプを集めたら景品が貰えるはずだったんだけど、途中で面倒くさくなって行かなくなっちゃったんだよなー。
「フフ」
「――!」
その時だった。
ふとブリレッドさんと目が合い、ヒマワリみたいな笑みを向けられた。
その笑顔があまりに美しくて、俺の心臓がドクリと一つ跳ねた。
「あー、お兄ちゃん顔真っ赤だよー」
「う、うるさいな!」
俺と葉那の遣り取りを、ブリレッドさんは微笑ましい顔で見守っていた。
「よく頑張ったねみんな! さあ、スタンプを押すから一人ずつ並んでね」
「「「はーい」」」
ブリキュア体操が終わった途端、ブリレッドさんは一人一人にスタンプを押し始めた。
「お兄ちゃんも押してもらいなよ!」
「え、俺も? ……いや、俺はいいよ」
どうせまた三日坊主になるのがオチだし。
「フフ、まあそう言わずに、スタンプを受け取っておくれよ洋平くん」
「――!」
ブリレッドさんが俺の名前を呼んだ。
な、何故俺の名前を……。
「あ、えーと、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
こんな美人と知り合いだったら、忘れるわけないと思うんだが。
「フフ、さてね。私は何があろうと毎日ここでラジオ体操を開いているから、よかったら来ておくれよ。スタンプを全部集めた子には、プレゼントも用意しているからね」
「……」
ブリレッドさん……。
「わーい、私も毎日ブリキュア体操やるー」
「フフ、頑張ってね」
葉那の頭を愛おしそうに撫でるブリレッドさん。
ま、まあ、葉那が来たいって言うならしょうがない。
俺も付き合ってやるか。
――こうしてこの日から俺は、毎日この公園に通うことになったのであった。
「わー、凄い雨だね、お兄ちゃん」
「……そうだな」
夏休みが三週間ほど過ぎたある日。
今年の夏は幸い晴天続きだったが、ここにきて遂に大雨に見舞われてしまった。
「あーあ、今日まで毎日ブリキュア体操のスタンプ貯めてたのになー」
「まあ、流石に今日はブリキュア体操も中止だろうから、今日の分のスタンプは多分オマケしてくれるさ」
「うーん、そうかなー」
俺も自分で言っていて、どこか心に引っ掛かるものを感じていた。
ブリレッドさんは初日に、『何があろうと毎日ここでラジオ体操を開いている』と言っていた。
……もしかしたら。
「葉那、俺、ちょっと出掛けてくるわ!」
「え!? お兄ちゃん!?」
俺は傘を差して、大雨の中家を飛び出した。
「おっ、よく来たね洋平くん」
「――!!」
いつもの公園に着くと、そこにはブリレッドさんが一人で、傘も差さず大雨の中佇んでいた。
「なっ!? か、風邪引きますよッ!」
慌ててブリレッドさんも傘の中に入れる。
期せずして相合傘みたいになってしまったが、状況が状況なので、どうか勘弁してほしい。
全身がずぶ濡れでコスプレ衣装が肌に張り付いているブリレッドさんはどこか蠱惑的で、非常に目のやり場に困る……。
「フフ、ここで毎日ラジオ体操を開くのは、私の使命だからね。雨如きでやめるわけにはいかないよ」
「……どうしてそこまで」
何があなたを、そこまでさせるんですか?
「……君が小学生の頃、ここでラジオ体操を開いていたメガネの男性を覚えているかい?」
「え? ああ、はい、覚えてますけど」
それが何か?
「あれはね、私の父だったんだ」
「っ!?」
あの人が、ブリレッドさんのお父さん!?
ま、待てよ……。
てことはブリレッドさんは――!
「……ひょっとして、ミズキにいちゃん?」
「フフ、やっと思い出してくれたか」
そんな――!
当時年の近いおにいちゃんだと思っていたミズキにいちゃんが、ブリレッドさんの正体!?
ミズキにいちゃんは、本当はミズキねえちゃんだったというのか!?
昔は短髪で男っぽい格好をしていたから、てっきり男だとばかり……。
「ご、ごめん、ミズキにい……いや、ミズキねえちゃん。すっかり変わってたから、気付かなくて」
「いや、無理もないさ。当時の私は、確かに男勝りだったからね。……好きな男の子に振り向いてもらいたくて、自分なりに必死に女を磨いてきたんだ。どうかな? 今の私は、少しは綺麗になれたかな?」
「――!」
艶っぽい上目遣いを向けてくるミズキねえちゃん。
はうッ!?
「あ、うんッ! 滅茶苦茶綺麗だよ! 今のミズキねえちゃんだったら、どんな男も霹靂一閃で落とせるよ!」
「フフ、ありがと」
くうっ!
今さっきまでブリレッドさんとミズキねえちゃんが同一人物だということにさえ気付いてなかったのに、他の男のために女を磨いたとか言われたら、何だかNTRれたような気分になるぜ……!
あたしって、ほんとバカ。
「あ、でもミズキねえちゃん、お父さんがラジオ体操を開いてたから、その後を継いだってのはまだわかるけど、だからってこの雨の中まで敢行するのは、流石にやりすぎじゃないかい?」
「……いや、私はどうしてもやり遂げなくちゃいけないんだよ、このラジオ体操を。父さんへの弔いのためにね」
「――!」
ミズキねえちゃんは胸元のネックレスをギュッと握りながら、大雨の天を仰いだ。
と、弔い……だと……!?
まさか……。
「実は父さんは昔から心臓に重い病気を抱えていてね。……この春、天国に旅立ったんだよ」
「……そ、そうなんだ。それは、ご愁傷様です……」
子どもたちの前で、率先してラジオ体操を披露しているお父さんの姿が脳裏をよぎる。
そうか、お父さんは健康の大切さを誰よりも理解していたからこそ、ラジオ体操で少しでもみんなが健康に過ごせるように働き掛けてたんだ。
そんなお父さんの想いも知らずに俺は、途中でラジオ体操に通うのをやめてしまった……。
浅はかな子どもの頃の自分が途端に恥ずかしくなり、グッと奥歯を噛み締めた。
「このネックレスは、毎日ラジオ体操に通ったご褒美として、父さんから買ってもらったものなんだ」
「――!」
ミズキねえちゃんはネックレスを愛おしそうに眺めた。
嗚呼、だからいつもそのネックレスを掛けていたんだね。
――この瞬間、俺の中の何かに火が付くのを感じた。
「ミズキねえちゃん、俺もミズキねえちゃんのこと、手伝うよ!」
「え? 洋平くん?」
綺麗な大きい目を、更に丸くしてキョトンとするミズキねえちゃん。
ハハ、驚いた時の顔は、昔から変わらないね。
そして一夜明けた翌日。
「こ、これは……!」
驚きのあまり言葉を失うミズキねえちゃん。
それもそのはず。
いつもは女児しかいない公園には、老若男女入り乱れて50人近くの人が集まっていたのだ。
「洋平くん、これはいったい……」
「近所の知り合いに、手当たり次第声を掛けただけだよ」
これで少しは、あの夏途中でラジオ体操をサボったツケを払えたかな?
「フフ、ありがとう洋平くん。君はやっぱり、私が見込んだ通りの男だよ」
「え?」
今のって、どういう……?
「さあみんな! 準備はいいかい? ブリキュア体操、スタート!」
「「「バーニーング!」」」
軽快な音楽と共に、盛大なブリキュア体操が始まった。
ま、まあいいか。
今は俺も、ブリキュア体操を全力でやるだけだ!
「あはは、楽しいねお兄ちゃん!」
「ああ、そうだな」
隣でブリキュアリングをブンブン振りながら全身を動かしている葉那も、キラキラ輝いて見える。
こちらこそありがとうミズキねえちゃん。
ミズキねえちゃんのお陰で、葉那も身体を動かす楽しさに目覚めたみたいだよ。
「フフ」
そんな俺と葉那のことを、ミズキねえちゃんは慈愛に満ちた顔で見つめていた。
――そして迎えた夏休み最終日。
「ブリブリキュアキュアー、バーニーング!」
「「「バーニーング!」」」
遂に俺は、一日も休まずブリキュア体操をやり遂げた。
今まで一度も味わったことのない達成感が全身を駆け巡っている。
参加者も口コミでどんどん増え、最終的には100人を超える大所帯になっていた。
天国で見てますかミズキねえちゃんのお父さん?
ミズキねえちゃんは、立派にあなたの後を継ぎましたよ――。
「こんなに多くの方にご参加いただき、心からお礼申し上げます! これから最後のスタンプを押しますので、一列に並んでください」
誇らしげにスタンプを押していくミズキねえちゃんの目元には、一粒の涙が浮かんでいる。
本当にお疲れ様、ミズキねえちゃん!
俺も自分のことのように嬉しいよ!
大勢並んでいた行列も遂には最後の一人である、俺を残すだけとなった。
「後はお兄ちゃんだけだよ。頑張ってね!」
「お、おう?」
何を頑張るというのだろう?
まあいいか。
葉那に物理的に背中を押され、俺はミズキねえちゃんの前に立った。
「……おめでとう洋平くん。一日も休まずスタンプを全部集めたのは、君だけだよ」
「ミズキねえちゃん……」
ミズキねえちゃんから最後のスタンプを押されて、びっしりとスタンプで埋まったカードを見た瞬間、思わず込み上げてくるものがあった。
ああ、本当に頑張ってよかった……!
今まで何でも中途半端に投げ出してきた人生だったけど、初めて何かを最後までやり遂げられた気がする。
それもこれも、ミズキねえちゃんのお陰だよ……。
――もう俺は、自分の気持ちに嘘はつかない。
――俺は、ミズキねえちゃんが好きだ。
「フフ、そんな洋平くんには、私からプレゼントだよ」
「え? ――!!」
その時だった。
不意にミズキねえちゃんから、頬にキスをされた。
ふおおおおおおおおおお!?!?!?
「ミ、ミズキねえちゃん……」
「フフ、本当に鈍感なんだね君は。私が振り向いてもらいたかった男の子というのは、君だったんだよ、洋平くん」
「――!!」
ミズキねえちゃんは蕩けるような甘い笑顔を浮かべる。
そ、そんな……!
クッ、俺のバカ野郎……!!
女性のほうから告白させてしまうなんて……!
男として情けない……!
せめて俺からも、何かしらプレゼントを用意しておくべきだった……!
「お兄ちゃーん! トウッ!」
「っ!?」
その時だった。
葉那が指に嵌めていたブリキュアリングを外し、俺に投げてきた。
は、葉那……!?
葉那はキメ顔で俺にサムズアップを向けている。
ああもう、最高の妹を持って、お兄ちゃんは世界一の幸せ者だよ!(どけ!!! 俺はお兄ちゃんだぞ!!!)
「ミズキねえちゃん、これ」
「よ、洋平くん……!」
俺はミズキねえちゃんの左手の薬指に、そっとブリキュアリングを嵌めた。
「今はこれしかあげられないけど、大人になったら、ちゃんとしたのを贈るから」
「……うん! ありがとう、洋平くん……! 大好きだよッ!」
「っ!?」
感極まったミズキねえちゃんから、ギュッと抱きしめられた。
100人の参列者から祝福の拍手を受けながら、俺はミズキねえちゃんのことをそっと抱きしめ返したのだった。
「やれやれ、お安くないぜ」
おい葉那、そんな言葉どこで覚えたんだ?
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
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