第14ワン 勇者と敵将
「クゥン」
魔術を酷使して疲弊したジローは、地べたへ伏せる。
「お疲れ、ジロー。お陰でモンスターの数を減らせたぞ」
しのぶが持っていた革製の水筒から木製のコップに水を酌み、ジローに与えると、彼は舌の裏で掬う様に勢いよく水を飲み始めた。
「残ったモンスター相手なら我々で何とかしますので、シノブ殿とジロー殿は休んでいてくだされ」
と、ハッセが言ったその時だった。地震の如き足音と、嵐の様な咆哮が聞こえる。
「……何とかなりそうなの?」
しのぶの問いに、首を横に振るハッセ。彼らの元に迫る巨大な魔獣を目の当たりにした反応である。
「ザコどもは引っ込んでいなさい!!勇者と犬はどこですか!?」
タモンを乗せたキマイラがシソーヌ王国兵たちを蹴散らしながら近付いてくる。
「こ、ここだ!!」
しのぶの姿を見たタモンはキマイラの脚を停めさせた。
「貴様が勇者……ということは背中のそれが聖剣ですか」
キマイラの背から地上のしのぶと、その後方で寝そべるジローを見下ろし、タモンは言う。
「なるほど確かに子供と犬ですね。しかし、貴様らに配下のモンスターが倒されたのも事実。如何に子供と犬とはいえ、我がモンスター達を倒した実力は本物の様ですね……さすがは勇者とその使い魔といったところでしょう」
「使い魔……?」
しのぶは気付く。タモンはしのぶとジローがともに勇者である事を知らない。聖剣を持つ人間であるしのぶが勇者で、ジローは勇者の仲間モンスター的な何かだと勘違いしているのだと。
「(本当はボクがジローのオマケみたいなもんだけど、あいつの間違った思い込みは何かに使えるかもしれないぞ)」
「名を名乗りなさい、人間の勇者よ」
「しのぶ……ボクが聖剣の勇者・大河原忍だ!!そして、こいつはボクの使い魔ウルトラハイパーマジックキラードッグのジローだ!!」
口から出任せを言うしのぶ。 ネーミングセンスはまさに小学生のソレだった。
「ワウ?」
「シノブ様、一体何ですか?それは」
自分たちの知らない情報を聞いて訝しげに問うジローとナイーダに対し、しのぶは合わせる様に目配せをする。
「ほう。 やはりただの犬ではなかった様ですね……では勇者シノブよ、私とキマイラで貴様と使い魔に一騎打ちを申し込む!」
タモンはしのぶに対し、槍の穂先を向けた。が、
「断る!!」
「なに!?」
驚くタモンに対し、しのぶは答える。
「ボクとジローみたいな子供と犬が、そんなバカデカいモンスターに適うわけないだろ?ボクはまだ死にたくないんだ!この聖剣が欲しけりゃくれてやるよ。ほらさっさと帰れ」
と、しのぶは鞘に収まった聖剣をどさりと放り投げた。
「シノブ様!?」 「シノブ殿!何を考えているのです!!」
しのぶの取った勇者らしからぬ行動にざわめく兵と家臣たち。しかし、女王ひとりがそれを何らかの策であると見抜いていた。
「ナイーダ、ハッセ、これはきっとシノブ様の作戦です。あの子は相当頭が切れるみたいですもの」
と、タモンには聞こえないくらいの小声で囁く。
「(いいか、ジロー。あのデカブツが鞘を咥えたら持ち上げられなくて動きが止まるはず。その隙に鞘から剣を引き抜いて、あいつの胸の辺り…心臓に突き刺すんだ!)」
「(わん!)」
しのぶもジローに耳打ちする。
「勇者といえど所詮は子供……使命も責任もあったものではありませんね。しかし、その賢明さは賞賛に値するでしょう。キマイラよ、その剣を拾いなさい」
タモンの命令でキマイラの三つある頭の内、獅子が聖剣の鞘を咥える……が、一向に持ち上がらない。
「今だ行け、ジロー!!」
「ワォン!!」
ジローはすぐさま走り出し、聖剣の柄に食らいつくと、そのまま引き抜いた。そして、流れるような動作で剣の切っ先をキマイラの胸元に突き刺した。キマイラは絶叫し、その場に倒れる。
「ゲェーッ!!」
その衝撃でタモンはキマイラの背から放り出され、地面に転がった。
「今よ!弓兵隊、術士隊、その者を狙いなさい!!」
女王の号令により、タモンの体に矢と魔法が四方八方から降り注ぐ。
「ぐああああああああっ」
体中に矢を、火を、電を受け、タモンは絶命した……