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しばらくシンデレラの屋敷で世話になるというオルフを放っておいて、チェルはもう一人の重要人物、この地域を治める領主の城にいるであろう、王子を調べるべく、屋敷を後にした。
シンデレラの家はどうも町外れにあるらしく、玄関を出て草の手入れが半分もされていない前庭を進み、街道らしき地道に立ってみるが、右を見ても左を見ても、他の建物が目に入らない。ぽつぽつと離れて立つ背の高いトウヒやモミの木が目立つだけだ。
屋敷の裏手は低くなだらかな山になっているし、玄関側は林がずっと広がっていた。
「ごめんなさい。あの、お城ってどっちにあるのかしら」
一度家に戻り、中に顔を出して尋ねてみる。
応対に出たのはシンデレラではなく、義姉のどちらかだろう。両方の耳の上あたりで金髪をお団子にした、チェルとそう大差のない小柄な娘が、むすっとした仏頂面を突きつけて「は?」という第一声をチェルに向けた。
「あたし、この辺りのことをよく知らないんだけど、確かサン・ドリヨン公爵の領地なのよね?」
「そうだけど何?」
明らかに会話を成立させる気のない表情だ。
「その公爵様のお城に行くにはどっちに行けばいいかを知りたいだけなんだけど」
「なんでそんなこと、あなたに教えなきゃいけないの?」
対峙する相手を最初に見下し、自分が優位に立っていると思うことで心の平静を保てる。そういう人種だ。チェルの村にも一人だけ、こういう態度で暮らしている女の子がいたが、彼女がもし絶世の美女だったならそういう戦略は取らなかっただろう。鼻が潰れたように低く、おまけにソバカスだらけで、女からも男からもあのペチャ鼻娘と呼ばれていた。
つまり彼女にとっては、そういう態度でいることが防衛になっていたのだ。
目の前の彼女はもう少し化粧をちゃんとして笑顔を作れば大半の人からは可愛いという評価が得られるだろう。ただ、それをしていないところから、何か歪んでしまった要因が近くにあるのだと思えた。
「他人に親切にしなさいと、教わらなかった?」
「何? あなた修道院にでも入れられていたの?」
別に下流階級、あるいはあまり金のない中流層だからといって必ずしも学校や修道院に娘を預ける訳ではない。このサン・ドリヨンの制度をチェルは知らないけれど、彼女の口ぶりからはどうも見下す対象としてそういう施設に通うことが相当するらしい。
「教養のない、というのは実に貧相な人生を作るものよ。あんた、その程度じゃあお城の舞踏会に参加することすら叶わないんじゃない?」
舞踏会。そのワードが飛び出た刹那、娘の表情が沸騰した。
「はあ? どこの家の娘か知らないけど、うちの母親に言いつけて、あんたが二度とその顔でわたしの前に出られないようにしてもらうから」
うちの母親。そんな権力を持った母親ではないだろうに、そういう虚勢の張り方をして生きてきたのだろうと思うと、チェルは笑えて仕方ない。けれども辛うじて笑うことを耐え、こう切り返した。
「ごめんなさい。あたし、こちらに家は持ってないの」
彼女はすぐにはその言葉の意味が分からないようだったが、ぱっと笑顔になると何か納得したように頷き、それから卑猥な笑みを浮かべた。
「何だ。ただの家なし子なの。道理で躾がなってないと思ったわ。そんな子、お城に行ったところで中にすら入れてもらえないわよ。舞踏会どころか、お城の大ホールの大理石の床だって踏めやしない。付き合うだけ時間の無駄だったようね」
捨て台詞のようにそれだけ言って、彼女は右手をひらひらとやると、玄関のドアをぴしゃりと閉めてしまった。
チェルは両手を持ち上げ、一人だけで口元に笑みを浮かべると「仕方ないなあ」と呟き、路地に出る。
右も左も、誰もやってくる気配がない。
地面には幾つか馬の蹄と車輪の跡が残っているのが分かったが、昨日今日通ったものではなさそうだ。
となると、あの母子、買い物に街まで徒歩で出向いたのだろう。
その車輪の跡の上に、幾つかの新しい靴跡がある。それに何かを引きずっていたらしく、一定の距離で靴よりも幅広く薄く抉れているのが見受けられた。
「そう。こっちがとりあえず街なのね」
チェルはそう結論付けると、左手側、やや傾斜が下っている方向へと歩き始めた。




